好奇心いっぱいの顔でオリヴィエが尋ねる。ルヴァは「そうですねぇ…」と言いながら、ゆっくりお茶を飲んだ。
「そうですねぇ…。今回、現地でかなり長い時間鉄道に乗る機会があったのが、珍しい体験、と言うことが出来るでしょうか」
「へぇ…鉄道ねぇ」
「ええ。それも、特別仕立ての専用列車ではなくて、一般の人と同じ列車だったんですよ。まぁ…車両は区切られていましたけれど」
ルヴァはクスッと笑った。
「私、こっそり抜け出して一般車両に座っていたんですよ」
「それ、見つかったら大騒ぎになるんじゃないの？」
「なるでしょうね」
「なるでしょうねって…。ヒト事みたいに言わないでよ。大丈夫だったの？」
「ええ。いつも近くにいる担当秘書官の協力が得られましたのでね、抜け出したことはばれませんでしたから」
楽しそうに笑うルヴァに、オリヴィエとリュミエールは顔を見合わせて苦笑を浮かべるばかりだった。
「ま、無事に済んだからいいけどさ、ゼフェル辺りには内緒にしといた方がいいだろうね」
「そうですね」
ルヴァはまた面白そうに笑った。
「それで、ルヴァ様、どのようなことを体験なさったのです？」
気をとりなおしたように、リュミエールが尋ねる。
ルヴァは、ちょっと思い出すように考えていた。
「こんなことがありました…」
微笑みながら、ルヴァは話し始める。
「２人ずつ向かい合うようになった４人掛けの座席で、片側に年配の女性と若い女性、向かい側に中年の男性と若い男性が座っていました。女性の方は親子のようでしたが、男性の方は別に知り合いではないように見えました。
さて、この列車がトンネルに入ったときです。どうしたはずみか車両内の灯りが全て消えて、少しの間真っ暗になってしまいました。そのときにその４人の辺りで…」
「どうしたの？」
オリヴィエは思わず身を乗り出して尋ねた。
「暗闇の中で突然口付けの音がしたと思うと、次の瞬間大きな平手打ちの音が響いたんです」
「おや…」
オリヴィエが目を輝かせる。
「なんだか、ドラマだねぇ」
「少しするとトンネルから出たし、灯りも復活して明るくなったので、その４人の様子を伺ったんですけど…」
「どうだった？」
「中年の男性が頬を押さえて憤慨していました」
「へぇ、不埒なことを働いてひっぱたかれたのはそのオッサンだったわけだね」
「そのオッサン…いえ、男性は『なんでこの若造の代わりに俺が殴られるんだ』という顔で隣の青年を横目で見ていました。年配の女性は『キスされてひっぱたくなんて娘もやるもんだわ』というように娘さんを見ていました。若い女性は『若い私よりママの方がいいなんてやっぱりオジサンだわ。でもひっぱたくなんてママも年甲斐がないわね』と思っていました」
「ルヴァ様…どうしてその人たちの考えていることがおわかりになったのです？」
「怪しいなぁ。それ、全部ルヴァの創作じゃないの？」
不審そうに見詰める２人に、ルヴァは「そんなふうに見えたんですよ」と微笑んだ。
「う〜ん、やっぱり怪しいけど…、ま、そうだと信じよう。でもさ、そうすると、いったい暗闇の中では何が起こっていたことになるのさ」
「誰が誰に口付けをして、誰がひっぱたいたのでしょうか…」
「簡単な謎ですよ。おわかりになりませんか」
ルヴァはにっこりと微笑む。
「やっぱりルヴァの作り出した問題なんだね」
ため息混じりにオリヴィエが笑った。
問：暗闇の中で起こったことを説明してください。
