【№１４４】


Q2


オスカーがなんとか答を出すと、中堅守護聖３人は揃って確認に行った。
３人の後ろから「最初に読んだ本には印を付けておきましたからね～」とルヴァが声を掛ける。

しばらくすると、３人が戻ってきた。
がっかりした素振りを見せないようにしているオスカーを挟んで、オリヴィエとリュミエールはクスクスと笑っていた。



「残念だったね～、オスカー」

グラスを手にしたオリヴィエが、笑いながらオスカーにウインクを飛ばした。
オスカーは苦々しい表情でオリヴィエをジロリと見る。
リュミエールは涼しい顔でグラスを干した。

「では、こちらで我慢してくださいね～」

ほんのりと酔っているような楽しそうな話し方で、ルヴァは並んでいるボトルを示す。

「ああ。…次の機会にはもっと頑張るから…」

オスカーはまだ残念そうだ。

「我慢って、ルヴァ、これだってすっごくいいお酒なんだよ。そんなにオスカーを甘やかすことないってば」

オリヴィエが呆れたように言うと、とリュミエールも同感だというようにうなずく。
ルヴァは「あははは…」と笑った。



夜が更ける。そろそろ日付が変わろうかというころ、突然の来訪者があった。

「よお、、楽しそうじゃん」

ルビーのように紅い瞳が、面白そうに細められている。
ルヴァが「おや」と眉をひそめる。

「おや、ゼフェルじゃないですかぁ。こんな遅くに子供が出歩いてちゃいけませんよ～」

真面目な顔でルヴァが言うと、ゼフェルは「フン」と鼻先で笑った。

「酔っ払って赤い顔しながら説教したって意味ねーぞ」

ズカズカと近寄ると、ドカッとソファに座り込む。

「俺にも飲ませてくれよ」

「ええぇ、だめですよ、そんなこと」

「いーじゃん

「いけませんよ、未成年なのに」

「ルヴァだって今の俺より小さいころから飲んでたんだろ」

「それは、カティスが無理矢理…って、私のことは関係ないでしょう」

「関係なくねーだろ。俺が酒飲むの反対してンのルヴァなんだし」

「はいはい、師弟漫才はそれくらいにしてね～」

オリヴィエは面白そうに笑う。
リュミエールもオスカーも微笑んで２人のやりとりを見ていた。

「ま、漫才って、私はそんなつもりは…」

「まあ、いーじゃない、ルヴァ。わざわざあんたの許可を貰いにきた健気さに免じて飲ませてやろうよ」

「なんだよ、オリヴィエ、その健気さってえのはっ。そんなんじゃねーぞっ」

赤面するルヴァの向かい側で、ゼフェルが吠える。

「だって、ルヴァのいないとこでならいくらでも飲めるのに、ちゃんとルヴァの許可を貰って堂々と飲みたい、なんて考えるんだから、もう健気で健気で、涙が出ちゃうよ～」

「バッカヤロー！　勝手な解釈するんじゃねー」

真っ赤になって怒っているゼフェルに「フフン」という視線を送って、オリヴィエはルヴァに声を掛ける。

「ゼフェルの気持ちに応えてあげなきゃね、ルヴァ」

「え？」

「だからさ、いつもみたいに問題出してやりなよ。これが解けたら飲んでもいいですよ、ってヤツ」

「ああ…」

ルヴァは大きくうなずく。

「そうですねえ…」

真剣な顔で、ルヴァは考え始める。
その様子を見て、ゼフェルはいささか慌てた声を出す。

「おいっ、オリヴィエ、余計なこと言うなよ。俺は酒が飲みてーだけだ。問題なんて解きたかねーぞ」

ゼフェルの叫びは、大人たちにあっさりとスルーされる。
ゼフェルはあきらめたようにため息をついた。

しばらくすると、ルヴァが微笑んで顔を上げた。



「じゃあ、問題を出しましょうか。ゼフェル、いいですか？」

「あ…ああ、いいぜ。解いてやるから問題言えよ」

ゼフェルは、精一杯平気そうに、ふんぞり返って返事をする。
その態度に何か一言突っ込もうとするオリヴィエを、リュミエールが止めた。
２人とも楽しそうに笑っている。
オスカーは、自分の方に火の粉が飛んでこないように、と祈りながらグラスを傾けていた。

「ややこしい問題を出すとあなたは怒りそうですからね、計算で解ける問題にしましょう」

ルヴァの言葉に、ゼフェルは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
計算問題なら大丈夫だと思ったのかもしれない。
オスカーはちょっと拗ねたような目付きでルヴァを見た。

「こんな問題です。よく聞いてくださいね」

手に持った、氷が解けてほとんど水のように薄くなったグラスの中身を一口飲むと、ルヴァは楽しそうに問題を話し始めた。

「動く歩道と言われたりしている自動走路はご存じでしょう？　主星でも大きな駅の構内とか、いろいろなところで使われていますし、あちらこちらの星でもけっこう見掛けますからね」

「ああ、知ってる。王立研究院にもあるよな」

「ええ、そうですね。この動く歩道で問題を指しましょう。

ある動く歩道の端から端まで移動するのに、立ったままだと１５０秒かかりますが、歩道の上を歩いたら１００秒で着きました。
あるとき、この歩道の上を歩いて向こうの端に着いた途端、忘れ物に気が付いて、すぐにその歩道を逆走して引き返してきました。
急いでいたのですが、他の通行人もいるので、歩く速さの２倍の速さでしか走れませんでした。

さて、この人は何秒逆走すると動く歩道の出発点に戻れるでしょうか。

という問題なんですけれど、どうです、わかりますか」

ルヴァはにっこり笑うと、またグラスを口元に運んだ。
オリヴィエがそっとそのグラスを取り上げて、山のような氷と少しだけお酒を注いだグラスと取り替える。
ルヴァは嬉しそうに新しいグラスに口をつけた。

ゼフェルは真剣な顔で計算を繰り返していた。
　　　問：逆走し始めてから何秒で出発点に戻れるでしょうか。


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