Q1




窓の外は静かに雨が降っている。
聖地には珍しい風景だ。
窓際に置いたイスに掛けたまま、ルヴァはさっきからずっと外の風景を眺め続けていた。
美しく手入れされた水の館の庭は、雨がよく似合う。
砂漠で暮らしていた幼い頃には想像さえしなかった穏やかで柔らかな風景は、どれだけ見ていても飽きることはなかった。


「ルヴァ様、お茶になさいませんか」

その空気を壊さないように、静かな声でリュミエールが呼び掛ける。
ふわりと振り向いたルヴァは、「ええ」と柔らかく微笑んだ。


「雨が降るのは久し振りですね」

お茶を飲みながら、やっぱりまだ窓の外に視線を走らせていたルヴァが、嬉しそうな声で言った。

「ええ、昼間に雨を降らせるのはめったにありませんから…」

同じような調子で返事を返して、リュミエールも窓の外に目を遣る。
開け放した窓からは、少しひんやりとした空気が流れ込んできている。
雨の香りを含んだ空気を、リュミエールは気持ちよさそうに味わった。

特に話を交わすこともなく、ただ雨を感じながらお茶を飲む。
それだけで何とも言えず、満ち足りた気持ちの良い時間だった。
二人は、そっと視線を交わして微笑み合った。



突然、その心地よい静寂を破るような賑やかな気配が近付いてきた。
元気よく部屋の扉が開く。

「はぁ〜い、お２人さん、元気してるぅ〜」

「よぉ」

「オリヴィエ…、オスカー…」

「お邪魔だったかなぁ…」

クスクス笑うオリヴィエを軽くにらんで、リュミエールはため息を一つついた。

「いいえ。どうぞ掛けてください。お茶を淹れますから」

「ありがと」

オリヴィエは笑顔でソファに座る。オスカーもそれに続いた。



「雨の日って、なんか普段と違うよねぇ」

オリヴィエがぽつりとつぶやく。
オリヴィエは雨があまり気に入っていないようだな、と思いながら、それに気が付いていないようにルヴァは笑顔でうなずいた。

「ええ、普段と違って、風景が柔らかですねぇ。詩的というか、ロマンティックな感じがします」

おや、とオリヴィエは改めてルヴァを見た。

「そっか。ルヴァは砂漠の出身だったもんね。雨は好き？」

「ええ。災害をもたらすような豪雨でなければね」

クスクスとルヴァは笑う。

「まぁ、聖地は穏やかな気候だから、雨も気持ちがいい程度にしか降らないしね」

寒い季節の冷たい雨は堪らないよぉ、とオリヴィエは言外に訴える。

「俺も雨は好きだったぜ。広い草原の向こうの方で雨が降り始めると、見る間にその雨がこっちに向かって勢いよく近付いてくるんだ。絨毯を広げるように、草の色が変わっていく様子は、いつ見ても見事だったな。で、つい見惚れていると、雨から逃げそこなったりするんだ」

昔を思い出して懐かしむような表情でオスカーが言った。
どうやら雨には昔を思い出させる働きがあるようだ、とルヴァは考えていた。

「わたくしは、雨が海に降り注ぐのを眺めるのが好きでした…」

リュミエールもしんみりとつぶやく。
皆、それぞれの思いを抱えて、窓の外の雨を眺めていた。



「雨の日はアルコールより熱いお茶が似合うかもね」

オリヴィエはゆっくりカップを傾ける。
そうですねぇ、とルヴァがうなずいた。
アルコール、という単語に反応して、オスカーがルヴァを見た。

「なぁ、ルヴァ」

「なんです？」

「この間の問題は、どう考えたって難し過ぎだったぞ。俺たちにカティスの取っときを飲ませたくないためにわざと難しい問題をだしたじんゃないか？」

「そうそう。あれは無茶な問題だったよね〜。素面のときに考えたってわからないよ」

オリヴィエもオスカーに賛同する。

「そうでしたか？　まぁ、私も少し酔っていましたしね…」

ルヴァははにかむように笑った。
合わせるようにオスカーはニッと笑う。

「だからさ、もう１回問題出せよ。俺にわかる程度のヤツをさ。で、うまく解けたらカティスの選んだ極上の酒を飲ませてくれ」

「おや、オスカー。あんたにしちゃ、いい考えじゃない。私もそれに一口乗るよ。ルヴァ、今度こそ見事に解いてみせるからね」

オリヴィエも楽しそうな口調で宣言した。
ルヴァとリュミエールは、おやおやと顔を見合わせる。

「そうですねぇ…じゃあ改めて問題をお出ししましょうか」

ルヴァが考え始めると、ふと思いついたようにオリヴィエが言った。

「あ、ねえルヴァ。ゼフェルがよく言ってるじゃない。『計算で答が出るような問題出せ！』って」

「え？　ああ、そうですねぇ。そんなことをよく言いますねぇ」

「だからさ、そんな問題にしてよ」

「は？」

「『計算で答が出るような問題』にしてちょうだい」

「はあ…」

「計算ったって、ややこしい計算はイヤだぞ。足し算引き算くらいにしてくれよ」

「オスカー、それはずいぶん情けない条件ではありませんか」

リュミエールが苦笑気味に笑ってオスカーを見る。
いいじゃないか、と開き直ったようにオスカーはリュミエールを見返した。

「じゃあ、簡単な計算で答が出るような問題にしましょう。ただし、最上のお取っとき、というわけにはいきませんよ」

ルヴァはクスクスと笑った。
オリヴィエが驚いたようにルヴァを見る。

「ルヴァ、あんた、まさか今酔ってる？」

「まさか。さあ、いきますよ」

ルヴァは楽しそうにオリヴィエとオスカーに視線を向けた。

「オスカーのお好みに合わせて、女性の問題にしましょう。

ここに１３人の女性がいます。
そのうち、外向的かつ本を読むのが好きな女性は５人、外向的、あるいは髪の長い女性は８人、髪が長くなく、かつ本を読むのが好きな女性は５人、外向的でもなく、髪が長くもなく、本を読むのが好きでもない女性は３人です。
では、外向的、かつ髪が長く、かつ本を読むのが好きな女性は何人ですか？

さあ、これなら計算で答が出ますよ」

ルヴァは笑顔でオスカーとオリヴィエを見る。
オスカーとオリヴィエは、しばらくポカンとしていたが、気を取り直して計算を始めた。
ルヴァとリュミエールは、微笑み合って新しいお茶を淹れた。
問：外向的、かつ髪が長く、かつ本を読むのが好きな女性は何人でしょう。
では第２問へどうぞ　⇒⇒