Q1


「なんだか今日は静かだよねぇ〜」

お茶の途中で、オリヴィエがふとつぶやいた。

「確かにそうですね。今日は朝から聖殿中がシンとしているような感じです」

リュミエールが同意する。

「今日は聖地の外に出ている人が多いですから、そのせいじゃありませんか」

のんびりとルヴァが言った。
オリヴィエとリュミエールは、少年たちが視察に出掛けていることを思い出して、「ああ…」とうなずく。

「そっかー。道理でガキどもが騒いでないわけだ。３人ともいないんだったね」

オリヴィエは納得がいったというように、カップのお茶を飲み干した。

「３人揃っての視察というのも珍しいことですね」

首を傾げるようにして、リュミエールはルヴァに問いかける。
ルヴァは「ええ…」とうなずいた。

「ええ、確かに珍しいといえば珍しいですが、今回は、視察といっても、３人の研修を兼ねてもいるんですよ」

おや、とオリヴィエとリュミエールはルヴァを見る。

「そういうことだったんだ…」

「研修ですか。大変でしょうけれど、大切なことですから頑張ってきて欲しいですね」

「ええ。学ぶことはいくらでもありますからねぇ」

うんうんとルヴァはうなずいている。

「ルヴァ、研修はあんたの差し金？」

「え、何を言うんですか。研修は誰でもしてきたことですよ」

オリヴィエの指摘にルヴァは僅かにうろたえる。

「怪しいなぁ…。私のときは王立研究院で講義を受けるくらいだったと思うけど…」

オリヴィエは探るようにルヴァを見詰めた。
ルヴァは「あははは…」と困ったように笑った。

「守護聖に就任したとき、あなたはすでに成人なさってましたからね…」

「そんな理由なの？　じゃあ、リュミちゃんはどうだった？」

「わたくしは、オスカーと一緒に王立研究院で研修を受けました。研修を兼ねた視察にも２人で出掛けましたよ」

「へえ〜そうだったんだ。じゃあ、大人になってから守護聖になった私はラッキーだったってこと？」

オリヴィエに視線を向けられて、ルヴァは「どうでしょうね…」と微笑んだ。

「一応、見聞を広めるという意味がありますから…単に成人しているかどうかだけでもありませんけれどね。あなたの場合はその必要はなかったということです」

「ふ〜ん。ま、いまさらいいけどさ。とにかく、３人のガキどもは今頃せっせと見聞を広めているってわけだ。ご苦労なことだね」

楽しそうに笑うオリヴィエに、ルヴァはお茶のお代わりを差し出した。


「ルヴァ、ちょっといいか…」

ノックと共にオスカーが入ってきた。
ルヴァの方に向かいながら、オリヴィエとリュミエールにジロリと視線を走らせる。

「お前ら、またルヴァのとこに来てるのか。暇だな」

「来るなりご挨拶だね、オスカー。あんただって同じでしょーが」

「俺はルヴァに用があって来たんだ」

胸を張って言い放つと、オスカーはルヴァに小振りの包みを渡した。

「ルヴァ、これ頼まれたヤツ」

「ありがとうございます、オスカー。お使い立てしてすみませんでしたね」

「いや、たいして手間の掛かることじゃないし、ついでだから」

オスカーは、満足そうに微笑んで、勧められたソファに座った。
オリヴィエがフフンとオスカーを見る。

「あんた、また抜け出してどこかに行ってたの？　そういやお昼前から見掛けなかったねぇ」

「人聞きの悪いことを言うな。主星の研究院まで出張してきたんだ」

「出張…ね。ま、あんたは今更見聞を広める必要はないよねぇ〜」

「何だ、そりゃ」

キョトンとするオスカーを見ながら、オリヴィエは楽しそうに声をあげて笑った。
ルヴァとリュミエールも、つい笑ってしまった。
オスカーはますます訳がわからないといった様子で周りを見回している。
その顔がおかしいと、オリヴィエはまた笑った。





それから２、３日経った朝、ルヴァに回す書類を手に、リュミエールは地の執務室を訪れた。
見ると、ルヴァは机に向かって、なにやらため息をついている。

「ルヴァ様、どうかなさいましたか？」

「いえ、これなんですけれどね…」

ルヴァは苦笑しながら何枚かの書類を差し出した。

「何か問題でも起こりましたか？」

リュミエールは、ルヴァの顔を探るように見ながら、それを受け取った。

「宇宙は平和ですよ。何も問題は起きていません」

「はぁ…」

何だろうと思いながら手元の書類を見る。

「これは…」

「ええ。あの子たちの研修のレポートですよ」

「これがどうかしましたか…？」

ざっとみたところ、３部のレポートはどれもよくまとめられているように思われた。
それぞれの個性は現れているが、３人とも真面目にまとめている。
ルヴァがため息をつくような原因は見つからなかった。
リュミエールは不思議そうにルヴァを見詰めた。
ルヴァはさらに困ったような笑みを浮かべる。

「ルヴァ様…？」

「困ったレポートでしょう？」

「え…？」

慌てて見直してもどこが困った点なのかわからない。
リュミエールが戸惑うような視線を向けると、ルヴァはリュミエールの持つレポートに手を伸ばして、何ヶ所かの記述を示した。

「視察先でいろいろなことを見てきているんですけれどねぇ、ちゃんとメモをとっていないのか、メモしたことが正しくなかったのか、とにかく３人の記述が食い違っているところがいくつもあるんですよ」

「確かに…そうですね…」

「形式は整っているので、１人で行っていたのならわからなかったでしょうけれど、３人が同じ内容をまとめているのですからねぇ…。ジュリアスに見つかる前に書き直してもらわないといけません…」

ルヴァはまた小さなため息をついた。
リュミエールも困ったような笑顔を浮かべてルヴァを見詰めた。

「いっそ３人で相談しながらまとめてくれるとよかったんですけれどねぇ…」

ルヴァはレポートをパラパラとめくる。

「ほら、ここなんか、食い違っていることがよくわかりますよ」

ルヴァは３つのレポートを開いて並べた。

「ここは、視察先の惑星のモール、ラダン、カイトという都市についての記述なんですが…。
３つの都市がどこにあるかという地形的な説明を見てください」

リュミエールは示された箇所を見る。
都市の位置について、３人のレポートにはこう記されていた。

ランディ
　「モールは湖の傍でした」
　「ラダンは川の傍でした」
　「カイトは湖の傍でした」
ゼフェル
　「モールは湖の近く」
　「ラダンは海の近く」
　「カイトは海の近くじゃなかった」
マルセル
　「モールは海のほとりでした」
　「ラダンは湖のほとりでした」
　「カイトは海のほとりでした」


「これは、見事にバラバラですね…」

「でしょう？　この３つの都市は、確かに湖か川か海のどれかのほとりにあるのですけれどね…。
３人とも、言っていることは１つしか正しくありません。２つは間違っているんです。
実際に訪れているはずなのに、どうしてこうなるのでしょうねぇ…」

「そうですねぇ…」

リュミエールも、ルヴァと同じようなため息をついた。

「あ…」

そのとき、ルヴァは何か思いついたように目を輝かせた。

「リュミエール、あなた、３つの都市がどこにあるか、考えてみませんか」

「はい？」

「今言いましたように、３人の記述は３人とも１つは正しくて２つは間違ってます。
あと、そうですね…都市のうち少なくとも１つは海の傍にある、というヒントを付け加えたら３つの都市がどこにあるのかわかります。考えてみませんか」

さっきまでのため息はどこに行ったのかというくらい、ルヴァは楽しそうな様子だった。
リュミエールも笑顔になって返事を返した。

「ええ、考えてみましょう」

問：３つの都市がどこにあるのかを答えてください。

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