クリスマスの夜です

「あぁ、すっかり遅くなってしまいましたね…」

ルヴァは降るような星空を見上げて、つぶやいた。

ふと気になったことがあって、聖殿を退出してから王立図書館に回ったのだが、
必要な本を調べているうちに、ついついいろいろ読みふけってしまった。

　　こんなに遅くなる気はなかったんですけれどねぇ…

いたずらを見付けられた子供のような顔で、ルヴァはクスッと笑った。
すぐだからと、馬車を待たせておいたのが、少し申し訳ない気がして、
ルヴァは急ぎ足で歩き始めた。

「ルヴァ…」

華やかな声と共に近寄ってくる人影に、ルヴァは足を止める。

「…オリヴィエ…？」

「こっちに来てるっていうから待ってたんだ」

「あ、あの…今日あなたと…お約束をしていたんでしたっけ？」

ルヴァの頭の中は忙しく働き始める。
オリヴィエと約束していたのに、それを忘れて図書館に長居をしてしまったのだろうか…。
申し訳なさで顔を曇らせるルヴァに、オリヴィエは「ううん…」と微笑んだ。

「何も約束はしてないよ。ただ…ちょっとルヴァを誘いたくなって…」

「え…」

「ルヴァを連れていきたいところがあるんだけど、一緒に行ってくれる？」

「これから、ですか？」

「うん」

オリヴィエはにっこりと笑う。

「そんなに遅くはしない。…ダメ？」

もちろん、ルヴァに断る理由はなかった。

２人は、夢の館の馬車で夜の道を走っていた。
地の館の馬車は帰してしまった、とオリヴィエはクスッと笑って言った。
困った方ですねぇ、とルヴァも笑った。

「こっちだよ」

オリヴィエはルヴァの肩を抱いて森の奥へと入ってゆく。

「オリヴィエ、ここは…」

「そう、“外”への通路だよ」

「あなた、ここをご存じだったのですか」

「ああ、そりゃまぁ、ね…」

オリヴィエは曖昧に笑うと、「さあ」とルヴァを促した。
２人は揃って秘密の通路に足を踏み込む。

冷たい大気が頬に触れる。
振り仰ぐと、夜なのに仄明るい空からは、ちらちらと雪が舞い落ちてきていた。

「あぁ…」

ルヴァは嬉しそうに両の手のひらに雪を受ける。

「今は冬、でしたね、“外”は」

ルヴァの笑顔を見て、オリヴィエはフフンと笑みを浮かべる。

「私にとっちゃ雪なんて珍しくもなんともないもので、どっちかというと嫌いだったけどね…」

「え…」

「でも、ルヴァがそんなふうに喜んでくれるなら、雪もいいもんだと思うよ」

「オリヴィエ…」

「さ、行くよ」

オリヴィエはまたルヴァの肩を抱いて歩き始める。

街からかなり離れた田舎町でバスを降りた。
雪はもう止んで、空には月が出ていた。
一面に星も輝いている。

雪の積もった道を、肩を並べて歩いてゆくのは心地好かった。
砂漠の星に生まれたルヴァには、なじみのない風景で、一つ一つが楽しかった。
そして、隣に一緒に歩く人がいることが嬉しかった。

「ルヴァ、ほら、あれ…」

オリヴィエが指差す方を見て、ルヴァは思わず「ぅわあ…」と声をあげた。

雪の積もった丘の上に、これも雪を積もらせた大きな木が１本立っていた。
月の光を反射してキラキラと光っている。
時折り、風に吹かれるのか、枝から雪が落ちるのが、まるで星のかけらが散っているようだった。
梢の頂には、一際大きな星が、木に引っ掛かってでもいるように煌いていた。

「…綺麗、ですねぇ…」

「うん…」

「なんだか現実ではないみたいですよ…」

「そうだね」

「オリヴィエ、誘ってくださったのは、これを見せるためですか？」

「ん？　ああ、違う、違う。これは偶然」

オリヴィエは面白そうに笑う。

「さ、行こっか。もう少しだからね」

「はい」

２人は再び歩き始める。

しばらく行くと小さな町が見えてきた。
白い雪をまとった家が、おとぎ話の中のように並んでいる。

町は、まるで無人のように静かだった。
いつの間にか、雪がちらつき始めた。
雪の舞う中を、２人は歩いていった。

「寒くない？」

オリヴィエがルヴァの肩を引き寄せる。

「ええ、大丈夫です」

微笑んで、ルヴァはオリヴィエに身を寄せる。
ほんのりと、温かさが伝わってくる。

小さな教会だった。
周りの風景に溶け込んで、ひっそりとそこに立っていた。

「ここが目的地」

「え？」

「さ、中に入ろう」

「え、いいんですか」

「もちろんだよ。さぁ…」

オリヴィエはにっこりと笑って、教会の扉を押した。

町が静かだった理由がわかった、とルヴァは思った。
教会の中には、大勢の人々が集まっていた。
町の人々が皆集まっているのではないかと思わせるほどだった。
正面の壇上では老いた神父がゆっくりと話を締めくくっていた。

「ちょうどいいタイミングだったね」

オリヴィエがささやく。

「さ、私たちも座ろうよ」

促されるまま、最後列の空いた座席に腰を下ろす。
話を終えた神父は、そのまま脇に下がってオルガンを弾き始める。
それに合わせて、人々は賛美歌を歌いだした。

澄んだ歌声が、その場を満たしてゆく。
人々の祈りを込めた歌声が、静かに広がってゆく。
素朴な響きだったが、どんな声楽家の歌よりも美しかった。
ルヴァは、何も言わず、ただ、聴き入っていた。

宇宙の平和を祈る思いが染み透ってくるようだった。

この宇宙に生きるすべての命に平和と愛を…

何の力も持たない、普通の人間の、だからこそ強い祈りの声を、
ルヴァは、確かに聞いた、と思った。
嬉しいような、それでいてなぜか泣きたくなるような気持ちで、ルヴァは聴いていた。
オリヴィエがそっと肩を抱き寄せる。
ルヴァは黙ったまま、その温もりに身を委ねた。

昨年はクリスマスをスルーしてしまったようです。
今年もうっかりしていました。
というので、イブの夜に急いで書いてみました。
微妙に似たお話が以前にありますが、気になさいませんようお願いいたします(笑）
宇宙を統べる女王の存在する宇宙における宗教観がどのようなものになるのか、という問題は、大きな謎です。
ですから、あまり細かいことは考えずに、クリスマスの持つ雰囲気だけで書いております。
そのあたりも、どうぞ寛容なお心で見てやってくださいませ。　　