冬の日　（２００４．２．１）

図書館を出ると雪が舞っていた。
ルヴァは訝しげに空を見上げ、「あぁ」とつぶやいた。

　（そういえば、週末は雪を降らせるという連絡が回ってきていましたね…）

冬といっても、聖地の気候は穏やかで雪が降るほどに寒くはならないのだが、季節の味わいにと何度か雪の日が設定されたりする。
もちろん、執務のない日を選び、生活などに影響のない程度にしか降らないのはいうまでもない。
しかし、今回はけっこう派手に降らせるようだ。はらはらと降りかかる雪から借り出した本を守るようにしながら、ルヴァは急いで馬車に乗り込んだ。　




訪れた水の館で、リュミエールはテラスに出て雪を見ていた。
声を掛けると、振り向いてにっこりと笑う。
開け放した１枚ガラスの扉から冷たい大気が流れ込んでくる。

「すみません…」と言いながら、リュミエールが室内に戻ってきた。
頭や肩に付いた雪が、たちどころに融けて透明な水になる。
タオルを使いながら、「雪が降ってくる様子は美しいですね」とつぶやいた。


装束を改めて戻ってきたリュミエールは、そのままテラスに近寄って外を眺める。

「もうかなり積もったようですね。庭が真っ白になっています」

ルヴァは「そうですか」と席を立ってリュミエールの傍に並んだ。
見ると、ガラス越しに見える庭園はすっかり雪に埋もれていた。
まだ日没までは間があるのに辺りは薄暗く、そのくせ、雪の反射で奇妙に明るかった。

「まだまだ降り続きそうですね…」

「そうですね。これでは週明けまで雪が残るのではないでしょうか」

「残るかもしれませんねぇ。まぁ、たまにはいいのではありませんか」

面白そうに微笑んだルヴァは、クシュンと小さなくしゃみをした。
リュミエールは微かに眉を寄せ、ルヴァの身体を抱き寄せる。

「ルヴァ様、雪の中をいらっしゃって冷えたのではありませんか」

「いえ、あの、馬車で来ましたから、そんなでもありませんでしたよ」

そっとささやくルヴァを、リュミエールは更に抱き締める。

「どうぞ火の傍で温まってください…」

そう言いながら、リュミエールはなおもルヴァを放そうとはしなかった。




めったに使われることのない暖炉には、大きな薪が赤々と燃えていた。
暖炉が無くても暖房が行き届いているはずではあるけれども、やはり目に見える炎が暖かさを誘う。
パチパチと木のはぜる音が、耳に心地好い。
暖炉の傍のソファに座って火の暖かさを感じると、かえって身体が冷えていることを意識する。

　（今日は本当に寒いのですね…）

コトリ、と微かな音を立てて、目の前のテーブルにティーカップが置かれた。
ハーブの良い香りが漂う。
目を上げると、リュミエールが微笑んでルヴァを見詰めていた。

「これは…今までに飲んだことがない…お茶ですね」

「えぇ。新しく手に入れたハーブが育ったので、ブレンドしてみました。保温効果が強いので、寒い時には良いかと思います」

「そうですか…」

初めての香りを確かめるように、ルヴァはそっとカップに口をつけた。
温かなハーブティーが気持ちよく喉を通ってゆく。
豊かな香りが身体全体に行き渡るような感じがした。

「…とても美味しいですね」

ふぅっと息を吐きながら言うと、同じようにカップを傾けていたリュミエールが安心したように「はい」と微笑んだ。

「お代わりもありますからどうぞ」

「えぇ」

ゆったりと飲み干して、お代わりをねだる。
「はい」と返事をするリュミエールは嬉しそうだった。
嬉しそうなリュミエールを見ると、ルヴァも嬉しくなってくる。ルヴァは微笑んでカップを差し出した。

ふと気が付くと、温かい飲み物を飲んだというだけではない程に身体が温まっていた。
身体の芯からじんわりと温かさが広がってゆくような感じだった。

　（あぁ、気持ちがいいですねぇ〜）

全身を包み込む温かさに身を委ねて、ルヴァは「はぁ〜」と身体の力を抜く。
何かが頭の中を掠めた。

　（あ…）



「もうお代わりはよろしいですか」

ティーポットにお湯を注ぎながらリュミエールが声を掛けても、ルヴァからの返事がない。
ふと見ると、ルヴァはうつむいて固まっていた。

「ルヴァ様、どうかなさいましたか」

「…いえ…」

うつむいたまま微かに首を振るルヴァ。

「…なんでも…ありません…」

消え入るような声で答えるルヴァ。その頬はどうやら赤く染まっているように見える。
リュミエールは、ルヴァの手からカップを取り上げてテーブルの上に置くと、そっとルヴァを抱き締めた。

「どうなさいました、ルヴァ様」

リュミエールの腕の中で、ルヴァはますます身を固くしてうつむいている。
その顎をすくい上げ口付ける。
瞬間、逃げようとするルヴァを押さえて更に深く口付ける。
強張っていたルヴァの身体が徐々にほぐれ、いつものように口付けに応え始める。
ルヴァの腕がリュミエールの背に回され、強く抱き締める。
甘い口付けはいつまでも続いた。

薪が崩れて火の粉が舞う。



「いったい、どうなさったのです」

ソファに座り、膝の上にルヴァを抱き上げて、リュミエールは尋ねる。
リュミエールの胸にもたれて、ルヴァは困ったような笑みを浮かべた。

「あの…たいしたことじゃないんです…」

恥らうルヴァを微笑んで見詰めていると、ルヴァはゆっくりと話し始めた。

「さっきの…ハーブティー…」

「はい？」

「身体がとっても温かくて…気持ちよくて…あの…それが…あなたに抱かれているみたいだなって…」

「わたくしに…何ですって」

「あなたに…あの…抱かれている時の温かさを思い出して…その…急に恥ずかしくなったんです…」

「ルヴァ様！」

リュミエールは嬉しそうに笑ってルヴァを抱き締める。
そして、ルヴァの耳元に、そっとささやいた。

「では、雪の降っている間は、わたくしがずっと温めてさしあげましょうね…」

「あ…」

ルヴァはカーッと頬を染めて、顔を隠すようにリュミエールの胸に押し付ける。
クスリと笑ってルヴァの髪をなでるリュミエールは、とても幸せそうだった。



外では、雪は更に激しく降りしきり、当分止む気配は見えなかった。

　　　　　　　　　　　　　　　【　Ｅ　Ｎ　Ｄ　】

そろそろ春になろうという頃ですが、雪の話を書いてみました。
寒ければ寒いだけ、２人は密着してゆくようです（笑）
そういえば、昔、某マンガに「気温の降下は愛を生む」という名台詞がありましたっけ。
まぁ、この２人は暑かろうが寒かろうが愛が深まるばかりかもしれませんが…