若草の…　　　２００８．１．２４ 野を渡る風はほのかに甘い香りを含んで心地よい。 その風がいたずらにページを先へ進めようとするのを抑えながら、ルヴァは読書を楽しんでいた。 ターバンを結んで垂らした端が、ひらひらと風に踊る。 視界の邪魔をされないよう、無意識で払っては読書を続ける。 ふと、ルヴァはページを繰る手を止めて目を上げた。 ターバンの端が、風にあおられるのではなく、ツンツンと引っ張られている。 そちらに目をやると、ニヤリと笑ういたずらっ子のような顔があった。 座っているルヴァの傍らに寝そべったまま、僅かに上体を起こしてターバンに手を伸ばしている。 「オスカー、どうしたんです？」 「ん？　…別に…」 そう言いながら、オスカーはまたターバンを引っ張る。 「オスカー、いたずらしないでください」 ルヴァは、たしなめるような口調で言うと、オスカーの手からターバンの端を取り戻した。 オスカーがつっと手を伸ばして、そのルヴァの指先をつかむ。 「オスカー…？」 「ルヴァは…」 少し拗ねたような声音で、オスカーは言葉を紡ぐ。 「…俺と一緒にいるのに、そうやって本ばかり読んでいる…」 「え…？」 「せっかく２人でピクニックに来たのに、俺のことなんて放っておいても構わないと思ってるんだ」 「オスカー…」 ルヴァは困った人ですねぇというような笑顔を浮かべた。 片手はまだオスカーにつかまれたままなので、もう片方の手で膝の上の本をたたんで脇に片付ける。 少し身体をずらしてオスカーの方を向くと、落ち着いた声で言った。 「あなたは、私と一緒にいるのに、お弁当を食べ終わったらすぐに寝転んで昼寝を始めてしまったんですよ」 「う…」 オスカーが僅かにうろたえる。 「私のことなんて放っておいても構わないと思っているんでしょう？」 「ルヴァ…」 オスカーは空いた片手をついて身を起こし、ルヴァの顔を覗き込んだ。 「ルヴァ、怒ってるのか？」 「さあ、どうでしょう…」 ルヴァはふわりと謎めいて笑う。 「放っておいたわけじゃないんだ。…なんていうか、ルヴァの傍にいると気持ちがいいから、つい…」 「つい、眠ってしまったと…？」 「いじめないでくれよ、ルヴァ」 オスカーはつかんでいたルヴァの手を離して起き上がると、両手でルヴァを抱き締めた。 「俺がどうしようもなくルヴァに惚れてるって、わかってるだろ」 「オスカー…」 オスカーはゆっくりルヴァに口付けた。 口付けの甘さを充分味わって、オスカーはルヴァを押し倒し、抱いたまま共に横たわる。 「オスカー、苦しいですよ。離してください」 「嫌だ」 「オスカー…」 「こうしてないと、またルヴァは本を読み始める」 オスカーの真剣な言い方がおかしくて、ルヴァはクスクスと笑い出した。 「本当に…あなたって方は…」 「ルヴァ…」 オスカーは戸惑ったように、ルヴァを抱き締める腕を緩めた。 ルヴァは心持ち身を離して、オスカーの顔を見上げる。 「ねぇ、オスカー…」 「何だ？」 「あなたが私を放って昼寝をしていても、私は怒りはしませんよ。でも…」 「でも？」 「あなたが起きていて、ちゃんと私と向かい合っていてくださる間は、私は本を読まないでいます」 「ルヴァ…」 見詰められて、ルヴァはふわりと笑う。 オスカーは神妙な顔で頷いた。 「わかった。もう１人で勝手に昼寝したりはしない。２人でいられる時間は、ちゃんと２人で過ごそう」 「ええ…」 ルヴァはほんのりと頬を染めてオスカーを見詰める。 オスカーは嬉しそうに微笑んでルヴァに口付けた。 ２人は、抱き合ったままのんびりと寝転んでいた。 吹き過ぎる風も、陽の光も、皆、気持ちよい。 時折り、小鳥のさえずりが聞こえてくる。 平和で穏やかな昼下がりだった。 オスカーは、視察先で出会った珍しい出来事を話したり、守護聖たちの話をしたりして、ルヴァを感心させたり笑わせたりした。 ルヴァも最近本で読んだ面白い話を聞かせたり、小耳に挟んだオスカーの行状について追求したりした。 たわいもない会話が楽しい。 そのうちに、オスカーがさりげなく言い出した。 「なぁ、ルヴァ、ここで昼寝をすると気持ちがいいと思わないか…？」 「眠くなったのですね、オスカー」 「いや、眠い…というわけじゃないが…」 ルヴァはクスッと笑う。 確かに、ここでまどろむのは気持ちよさそうだ。 連日激務に走り回っているオスカーを、休ませてやりたいという気もする。 「いいですよ、オスカー。私も少しお昼寝したいです」 「そうか」 オスカーは安心したような笑顔でルヴァを抱き直し、軽く口付けると、すぐに寝息を立て始めた。 オスカーに抱き寄せられてその寝息を聞いているうちに、ルヴァにもゆっくりと眠気が兆してくる。 「オスカー、目が覚めたら、美味しいお茶を淹れてあげますね…」 そっとささやくと、気のせいか、オスカーが笑みを浮かべたように見えた。 ルヴァは微笑みを浮かべ、満足気に目を閉じてオスカーに身を寄せた。 　　　　ＥＮＤ

ルヴァ様とオスカー様のたわいもない午後です。 たわいもないイチャイチャのお相手はオスカー様がよく似合います（笑） タイトルは特に意味はありません。 「若草の」は「つま（夫・妻）」に掛かる枕詞です。 「武蔵野は 今日はな焼きそ 若草の つまもこもれり われもこもれり」という歌がフッと浮かんできたので、タイトルにしてみました（笑）