Valentine Kiss 　２００４．２．１４


金の曜日の夜、リュミエールが地の館を訪れた時、出迎えた執事はどことなく言い難そうにルヴァの居所を告げた。
さりげなく応対しながらも、リュミエールは内心驚いていた。

　　ルヴァ様、なぜ厨房などに…？


とりあえず、通された居間で待ってはいたが、どうしても気になって、リュミエールはそっと厨房に向かった。
途中で出会った執事は、仕方ありませんね、というようにリュミエールを厨房に案内する。
出来れば見ないまま知らないふりをしてあげてほしいのだが、という意味の言葉を、彼は控えめにリュミエールに告げた。
気を付けますから、とだけ、リュミエールは答えた。



厨房の扉をそっと開けると、温かい空気と甘い香りがどっと押し寄せてきた。

　　この香りは…

火の前で作業に夢中になっているルヴァの後ろ姿が見える。

何をしていらっしゃるのでしょう…

火には大振りの鍋が掛かっていた。ルヴァは左手に持ったソースパンだかミルクパンだかをその中に突っ込み、右手に持った木杓子でその中身をかき回している。
甘い匂いはさらに強く漂ってくる。

　　あぁ、この香りは…

匂いの正体に気付いたリュミエールは、ルヴァの行動の意図を理解した。

　　明日は１４日でしたね…

リュミエールの顔が自然に綻ぶ。
ルヴァへの愛しさが募ってくるのが感じられる。

リュミエールは、足音を忍ばせてそっとルヴァに近付いていった。



人の気配を感じたのか、ルヴァは振り向かないままそっと言った。

「１人で何とかなりそうですから、大丈夫ですよ〜。後はちゃんと片付けておきますし…」

厨房のスタッフだと思っているらしい。
リュミエールはクスリと笑ってルヴァの傍に立つ。

「本当に、付いていてもらわなくっても大丈夫ですから…　あ！」

ちらっと視線を巡らしたルヴァは、リュミエールの姿を見付けて絶句した。

「リュミエール、どうして…」

驚いて身体を動かした弾みで、湯煎の湯が跳ねた。
「あっ！」と叫んで手の甲を押さえるのを、リュミエールは急いで蛇口の下へ引っ張ってきて冷たい水を掛ける。
そのまま水の流れの中に浸したままにしていると、しばらくしてルヴァが「リュミエール…冷たいです…」と言った。　
水を止めて、すっかり冷たくなった手を布で拭う。

「痛みはありませんか」

「えぇ、なんともありません。リュミエール、ありがとうございました」

「いぇ…わたくしが驚かせてしまいましたから…申し訳ありません」

「そんな…。あなたのせいじゃありませんよ…」

見詰めあって微笑み合う。

「ルヴァ様、あの…」

「困りましたねぇ…あなたには内緒にしておこうと思っていましたのに…」

苦笑を浮かべながら視線を逸らして、先ほどまで作業していた辺りに目を向けたルヴァは、「あっ！」と声をあげて鍋に駆け寄った。
大きな鍋の中でソースパンが横倒しになり、液状になったチョコレートが湯の中に流れ出していた。

「あ〜これでは…」

ルヴァは火を止めると、後を追って傍らにきたリュミエールに向かって、すまなさそうな笑顔を見せる。

「失敗…してしまいました…すみません」

「ルヴァ様」

リュミエールは優しくルヴァを抱き締める。




「先日届いた新着図書の中になぜだか料理の本が入っていたんですよ」

自室に戻り、お茶を淹れながら、ルヴァは話し始めた。

「その中に簡単に出来る手作りチョコレートの記事があって…」

ちらっとリュミエールを見て、恥ずかしそうに目を伏せる。

「なんだか私にも出来そうに思えたので、その…あなたにあげるチョコレートを作ってみようとしたんですけれど…」

香りの良いお茶のカップをリュミエールの前に置いて、ルヴァはポスンとソファに倒れこんだ。

「やっぱり慣れないことはするものではありませんね…」

しょんぼりとつぶやくルヴァに近寄ったリュミエールは、かがみこんでそっとささやく。

「わたくしが邪魔をしなかったら、ルヴァ様はちゃんと成功なさっていたと思います」

ルヴァがゆっくりと視線を上げる。

「リュミエール…」

「すみませんでした」

「いえ…私がいけないんです…あなたにチョコレートをあげることが出来なくなってしまいました…」

「ルヴァ様のそのお気持ちだけで充分です。それに…」

「え？」

振り仰いだその口元に、リュミエールはゆっくりと口付ける。
ソファの背に押し付けられて、ルヴァの唇から切なげな息が漏れる。
心ゆくまでルヴァを味わって、リュミエールは満足そうに身を起こす。

「チョコレートよりもルヴァ様の方が、ずっと甘いですから…」

くったりと脱力したルヴァは、頬を染めてリュミエールを見た。

「もっと、隅々までルヴァ様を味わわせていただけますか」

耳元でささやかれる言葉の熱さに、ルヴァの頬はいっそう赤く染まってゆく。


　　　　Happy Valentine !
あ〜、もう石でもなんでも投げてやってください。
バレンタインはやっぱり恋人たちの特別な日の一つなんでしょうね。
これから始まる甘い夜は、あなたの胸の中で…（笑）