Valentine Night 　２００５．２．１５

地の守護聖ルヴァは、このところかなり忙しく過ごしていた。
通常の執務を大急ぎで済ませて、お茶を飲むヒマも惜しんで王立研究院に出張している。
そして私邸に帰るのは夜も更けてからだった。
ルヴァだけでなく、首座の守護聖ジュリアスも、ジュリアスに引っ張られて来るクラヴィスも、同様だった。

とある星系に現れた微かな兆候が、あまりにも微か過ぎて、果たして危険なものであるかどうかがまだ判然としないのだ。
かといって、放置して良しとするだけの根拠も見つからない。
この兆候が良いものか危険なものか、とにかく、一刻も早く状況を正確に見極めなければならない。
見極めがつけば、放っておくか、必要な処置を取るか、方針を立てて対応出来る。
事態解決に最適なサクリアの持ち主に対処を委ねることも出来る。
だが、それまでの段階は、筆頭の２人と地の守護聖で検討を重ねるしかなかった。


週末の休みも返上して研究院に詰めていた結果、ようやく見通しが立った。

「あまりおおごとにならずに済みそうでよかったですねぇ…」

安堵の微笑と共に、そうつぶやいて、ルヴァは地の館に戻った。





私室に入ると、待っている人物がいた。

「ルヴァ、お帰りィ〜♪」

「オリヴィエ！　いらしてたんですか」

思いがけない嬉しさに声をうわずらせて、ルヴァは小走りに近寄った。

「うん。そろそろ片付くようだったからね」

「あなた、どうしてそれを…」

「ふふ〜ん、オリヴィエ様の情報網をなめないでね〜」

オリヴィエは得意げにウインクを飛ばす。
クスッと、ルヴァは苦笑めいた笑みを浮かべた。

「ルヴァ、長いことお疲れ様」

オリヴィエは優しくルヴァを抱き締めた。

「ルヴァがあっちに掛かりっきりで、寂しかったよ」

「オリヴィエ…」

見上げるルヴァの唇に、オリヴィエの唇が重なる。
次第に激しくなる口付けに、ルヴァの息が上がってくる。
立っていられなくなりそうなルヴァを支え、オリヴィエはにっこりと微笑んでその耳元にささやいた。

「ずっと待たされてたんだからね。今夜は離さない。朝までしっかり可愛がってあげる」

オリヴィエの言葉に、ルヴァは頬を朱に染めて顔を伏せた。




シャワーを済ませ、寝室に向かうと、それだけでドキドキしてくる。
これから訪れる喜びを身体が待ち望んでいることを自覚して、ルヴァは再び赤面した。

「ルヴァ、どうしたの。顔、真っ赤だよ」

「え…」

「そんなに嬉しい？」

「いえ…あの…そんな…」

うろたえるルヴァを、オリヴィエは笑顔で抱き締める。

「素直だね、ルヴァ。可愛いよ」

「あ…」

胸の動悸がさらに高まったのをルヴァは感じた。

「ところで…」

スッと身を離してオリヴィエが言った。

「今日が何の日だったか、覚えてる？」

「え、今日ですか…」

突然何を言い出したのだろう…と思いながら、ルヴァは今日が何日だったかを考える。
しばらく、休日も関係なく忙しくしていたせいで、日付の感覚がどこかに行ってしまっていた。

「今日は２月の…何日でしたっけ…」

「１４日だよ」

「２月の１４日…　え？　…あ！」

「思い出した？」

「そうでしたね…」

そう、今日はあの日だった。
いつ誰が聖地に持ち込んだのかはわからないが、いつの間にか広まっていた習慣。
想う相手にそっと愛を打ち明けたり、既に想いを通じ合っている相手ならば更に愛を確かめ合ったり…
何もわざわざこの日でなくても、と思うものの、なんとなく特別な日に感じられるようになっていた。
心を込めたチョコレートを贈るという行為も、何の根拠もないままにすっかり定着してしまっている。
そんな日だった。
昨年の今日は、ルヴァはオリヴィエのために手作りチョコにチャレンジした。
うまく作ることは出来なかったけれど、オリヴィエはとても喜んでくれた。
その前の年は、前から手配して入手しておいた最高級のチョコを、自分でラッピングした。
包装紙の選択と包み方がいかにもルヴァだと言って、オリヴィエは笑いながら抱き締めてくれた。
その前は…

どんどんさかのぼっていきそうな記憶にストップをかけて、ルヴァは現実に戻ってきた。
今日は、もうあと何時間かで終わろうとしている今日は、その日だった。

「あっ！」

どうしよう、忙しさと問題の星系のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた…
今からでは何ともしようがない…

「ルヴァ」

静かに呼び掛けられて、ルヴァはビクッとした。
ゆっくりと顔を上げてオリヴィエを窺う。

「オリヴィエ…すみません。その…」

「忘れてたんだね」

「いえ、その…　ええ、忘れていました。すみません…」

「薄情だねぇ…」

「すみません…」

「私のことなんて、どっかの星系ほどにも思ってくれてないんだ」

「そんなことありませんっ」

「でも、忘れてたんだ」

「それは…」

「いいよ。わかってる。ルヴァは宇宙の安寧のために忙しかったんだもんね」

「オリヴィエ…」

「でも、私のこと忘れてたのは事実なんだから、罰は受けないとね」

「え？」

戸惑うルヴァの耳元で、オリヴィエは「お仕置きしてあげる」とささやいた。
カーッとルヴァの頬が赤く染まる。


「ルヴァ、目、閉じて」

「…はい…」

言われたまま目を閉じると、その上から布で覆われ頭の後ろでキュッと結ばれる感触がした。

「オ、オリヴィエ…」

「大丈夫だよ、ひどいことなんてしないから。手、前で組んで」

「え？」

「両手、前に出して。指を組んで」

これも言われたとおり身体の前で手を組む。

「はい、よく出来ました」

オリヴィエの声が楽しそうだ、と考えていたら、手首に何か紐が巻きつけられて結ばれてしまった。
両手の自由が利かない。
オリヴィエは何をする気なのだろう…

「ルヴァ、こっち。ゆっくり歩いて」

誘導されるままに動いて、ベッドに腰を下ろす。
目が見えないのでとても不安定に感じる。

「口開けて」

反射的に振り仰いだ顎を捉えられ、口の中に何か放り込まれた。

「それ、飲み込んじゃダメだよ。噛んでもダメ」

（オ、オリヴィエっ！）

「あまり舌も動かさないでね」

口の中のモノが何なのか、そのままではどんな味なのかもよくわからない。
まさか害になるものではないだろうけれど、オリヴィエのことだから、何を思いつくかわかったものではない。
大き目のかたまりを言われたとおり舌の上に乗せたままにしていると、唾液がじわりとにじみ出てくる。
無意識に咀嚼しようとしてオリヴィエに止められた。

「ダメ。しばらく我慢してそうしてるの。お仕置きなんだからね、これは」

笑いをこらえるような声音で言うと、オリヴィエは隣に座ってルヴァの肩を抱いた。
そのまま、もう片方の手がゆっくりとルヴァの身体をまさぐり始める。

首筋を伝った指がバスローブの襟元を割って中へ入ってくる。
鎖骨に触れ、胸を探り、ルヴァの感じやすいところをたどってゆく。

（…あ…）

声をあげようとして口のなかのものに気付いて唇を閉じる。

「そうそう。いい子だからね、こぼしたり飲み込んだりしちゃダメだよ」

嬉しそうに言って、オリヴィエは更に愛撫の手を進める。

（オリヴィエ…これ…何ですか…）

オリヴィエの手が与える快感に翻弄されながら、ルヴァは戸惑い続けていた。
口の中のものを気にしている間も、絶え間なく与えられる愛撫に身体の熱が高まってゆく。
声をあげられないせいか、熱をうまく逃がすことが出来ない。
いつのまにか、口の中のものは次第に柔らかく溶けだしていた。
唾液と交じり合った、熱いとろりとした物体が口腔内を満たしてゆく。
甘い、ような気がするが、呆然としてしまってよくわからない。
オリヴィエに言われたとおり、こぼさないように、飲み込まないようにと、ただそのことばかりを意識していた。
口の中を占領され、飲み込むことも舌を動かすこともしないようにしているのは苦しい。
愛撫への反応とは違う意味でルヴァは微かに身悶えた。

「辛い？」

愛撫の手を緩めずに、オリヴィエが尋ねる。
ルヴァは僅かに首を振った。
クスッと笑って、オリヴィエはルヴァのこめかみに軽い口付けを落とした。

「もう少しだけ、そのままでいてね」

（オリヴィエ…）


どのくらい経ったか、オリヴィエはふと手を止めて「もういいかな」とつぶやいた。
何です、と思う間もなく、グッと抱き寄せられる。

「ルヴァ、口、開けて…」

え…と固く閉じていた唇を緩めると、すかさずオリヴィエに口付けられる。
ルヴァの口腔に満ちる甘いとろりとした液体を、オリヴィエは強く吸い上げてゆく。
コクリ、と飲み込む気配が伝わってきた。
繰り返し、オリヴィエは飲み込み続ける。

（オ…オリヴィエ…）

うろたえているうちに、口の中はすっかり空になった。
オリヴィエの舌は、ルヴァの口腔内を余すところなくなめ取ってゆく。

やっと解放されて、大きく息をついたとき、ルヴァは初めて自分の口の中に甘いチョコレートの味を感じた。

（…チョコレートだったんですね）

気が付いてしまえば、なぜわからなかったのだろうと思うしかない。
つまりはルヴァの精神状態が平静ではなかったということなのだろう。
オリヴィエに、いいように翻弄されたということかもしれない。

「オリヴィエ…」

つぶやいた声は、いささか恨めしげな響きを帯びていた。

「ルヴァ、よく頑張ったね」

オリヴィエは面白そうに言って、ルヴァの頭をなでた。
そのまま手が頭の後ろに回されて目隠しが外される。

「目隠ししたままってのも風情があっていいけどね〜。それは今度またってことにしておこうか」

冗談とも言い切れないオリヴィエの口調に、ルヴァは、思わず目を上げてオリヴィエを見た。
目が合って、オリヴィエは華やかに笑って片目をつぶった。

「バレンタインチョコ、ご馳走様」

嬉しそうに言うオリヴィエの口元にチョコが付いているのを見付けて、なんだか子供めいて見えて可愛い、とルヴァは思った。

「何？何笑ってるの？」

「あ…何でもないです…」

「そう？」

「そうですよ」

まだ笑いながら、ルヴァは膝の上のまだ縛られたままの手を見た。
両手首を合わせたところに、可愛らしいピンクのリボンが蝶々結びに結ばれていた。

「オリヴィエ、これ解いてください」

ルヴァは縛られた手首をオリヴィエの前に差し出した。
オリヴィエはにっこり笑って首を振る。

「まだダメ」

「オリヴィエ…」

「プレゼントの包みを開けるのは、最後の楽しみに取っておかなくっちゃ」

いたずらっ子の顔でそう言うと、オリヴィエはルヴァをしっかりと抱き締めた。



　　　Happy Valentine！

バレンタインデーより１日遅れてのアップです。やっぱり間に合いませんでした（＾＾；
バレンタインにチョコレートというのは日本だけの風習ですが、チョコレート業界の戦略に乗っかって、ますます盛んになっています。
それはそれなりに楽しい風習で、なんといってもこの時期には普段無いようなチョコがいっぱい店頭を飾っているのが嬉しくて、ついつい自分のために買ってしまったりします（笑）
で、まぁ、チョコレートネタでこんな妙なものを書いてしまいました。
これは…リュミ様ではないなぁと思いまして、では誰だったら雰囲気かなぁと（ちょっとだけ）悩んで、今回のお相手はオリヴィエ様です。
こういうお遊びはオリヴィエ様がいちばん似合うのではないかと思うのですが、いかがでしたでしょうか（＾＾；