「…クラヴィス様」 「…乗れ…」 馬車の扉が開く。 「いぇ、あの…」 一瞬ためらったが、クラヴィスの視線に促され、「はい…」と頷いて馬車に乗る。 「何をしていた…」 ゆっくりと馬車が走り出してから、しばらくしてクラヴィスが訊ねる。 「ルヴァ様を…お探ししておりました」 「ルヴァか…ルヴァなら…」 「クラヴィス様、ルヴァ様の行く先をご存じでいらっしゃいますか」 「いや、はっきりとは知らぬが…」 クラヴィスはゆっくりとリュミエールを見た。 「先程ジュリアスが何やら言っていた。緊急事態だとか、ルヴァが適任だとか、何とか…」 ｢あの…何かたいへんなことが起こっているのでしょうか」 「知らぬ」 「クラヴィス様…」 「ジュリアスは言うだけ言って帰っていった。たいした事ではあるまい…」 「…そうでしょうか…」 「心配なら、ジュリアスに訊ねてみたらどうだ」 「ジュリアス様に…」 「まだ聖殿にいるぞ」 リュミエールは、おや？と思った。 　　この馬車は…聖殿に向かっているのではありませんか？ 　　クラヴィス様は今頃なぜ聖殿に向かわれているのでしょう… 「あの…クラヴィス様」 「ん？」 「クラヴィス様はこれから聖殿に行かれるのですか」 「そうだ。放っとくと今夜は夜明かしで仕事をしそうだからな…。無理にでも連れて帰らぬと…」 　　クラヴィス様…ジュリアス様のことを… 「そうでしたか…」 リュミエールはにっこりと微笑んだ。 「ルヴァか。ルヴァなら現地に行ってもらった」 書類の束から顔を上げたジュリアスが告げた。 「現地…と申しますと…」 「最近の会議で取り上げられている例の惑星だ」 ジュリアスが上げた惑星�ｂﾉ、リュミエールは、あぁ、と合点した。 「研究院から要請があったのだ。難題解決にはルヴァの頭脳が適していると思われたので、急ぎ行ってもらった。急のことだったから、知る者はごく一部だ」 「それで、お戻りはいつごろになるのでしょう」 「わからぬ。ことによったら長引くかもしれぬ」 「…そう…ですか」 「まぁ、長引くようなら連絡が来よう」 「…はい…」 「…そういうことだ。今夜はおとなしく帰るのだな…」 「クラヴィス様…」 「ジュリアス、それで、おまえはどうなのだ。ここで夜明かしする気か」 「あ、いや…もうあと少しで終わるが…」 「あと少しと言いながら、やり続けるのだお前は…」 クラヴィスはジュリアスの手からペンを取り上げ、机の上を片付けていく。 呆気に取られて見ていたジュリアスが、リュミエールの視線に気付いてカッと頬を紅潮させる。 「クッ、クラヴィスッ…片付けることくらい自分で出来る…」 慌てて手を出そうとするのを、クラヴィスがやんわりと止める。 「お前に任せておいては、いつ終わるかわからぬ…」 「クラヴィスッ！」 「あ、あの…わたくしはこれで失礼いたします…」 振り向いたクラヴィスがフッと笑う。 「歩いて帰るわけにもいくまい。送っていってやるから待っていよ」 「では、わたくしは外でお待ちしています…」 一礼して執務室を出る。 ドアを閉めるとき、ふと振り向いた視界に、かがみこんでジュリアスに口付けるクラヴィスの姿が映った。 ドアの閉まる前のほんの一瞬ではあったが、幸せそうな２人の様子が見て取れて、廊下を歩きながらリュミエールは微笑が抑えられなかった。 と、同時に、自分が今１人でいることが寂しかった。 聖殿から外へ出ると、空は既に夜の気配を深くしていた。 ルヴァのいる惑星はどの辺りなのだろう…。 夜空を見上げたリュミエールは、切なげなため息を洩らした。 　　　　　　　【　Ｅ　Ｎ　Ｄ　】