パズル部屋５０ポイント記念　　謹呈：カプ様


雪に耐えて麗しく…　２００４．２．１８


「ルヴァ、お前、土の曜日は何か予定が入ってるか？」

執務室に入ってくるなり前置きもなしに聞いてくるのは、カティスのいつものクセだ。
ルヴァはクスリと笑うと、「いいえ、特には何もありませんよ」と答えた。
ルヴァの答に、カティスは満面の笑みを浮かべる。

「よし。じゃあ一緒に出掛けよう。朝迎えに行くから待っててくれ」

「…えぇ、いいですけど、どこへ行くんです？」

「内緒。いいもの見せてやるから」

カティスはいたずら小僧の顔でニッと笑った。
こうなったら絶対言わないに決まっている。ルヴァはちょっと肩をすくめて微笑んだ。

「楽しみにしていますよ。それより、お茶、いかがですか」

「あぁ、飲みたいな」

「座っててください。昨日、いいお茶の葉が手に入ったんですよ」

ソファに腰を下ろしたカティスは、楽しそうにお茶の準備をするルヴァの姿を眺める。
聖地に来た頃の少年の面影をまだ僅かに残しつつ、すんなりとした青年に成長したルヴァが、カティスの視線を受け止めてほんのりと笑う。
笑顔を返しながら、こういうのが幸せってヤツかもしれんな、などとカティスは考えていた。





土の曜日の朝早く、約束どおりカティスはルヴァを迎えにきた。
まだ朝食を済ませたばかりだったルヴァは、急いで身支度を整えて馬車に乗り込んだ。
馬車が走り出してからふとカティスを見ると、楽しみで待ちきれなくって早く来てしまった、というのがありありとわかる表情を浮かべている。

　カティス…なんだか可愛いですね…

ルヴァはカティスにわからないように微笑む。

「ん、どうかしたか」

「いぇ…別に何でもありませんけど…」

「けど…？」

「カティス、なんだか嬉しそうですね」

「嬉しそう…か。あぁ、そうだな。また一つ、ルヴァに見せてやりたいものが見つかったからな」

「何を言ってるんですか…」

冗談にして受け流しながら、ルヴァは自分の心臓がトクトクと速く動いていることを感じていた。



森の辺縁の、人目に付かないところで、馬車は停まった。
２人が降りると、御者はカティスと二言三言言葉を交わして、そのまま馬車の向きを変えて引き返していった。

「さぁ、ちょっと歩くがいいか」

「はい」

ほとんど人の来ない森の中は、踏み分け道すらない。
厚く積もった落ち葉の上を、カティスは自分の庭のようにずんずんと歩いてゆく。
見失わないようにその後を追って、ルヴァはせっせと歩いた。
しばらくするとカティスが不意に立ち止まった。
勢い余ってカティスに突き当たりそうになりながら、ルヴァは慌てて前方を見る。
何の変哲もない、立ち木が並んでいた。

「カティス…？」

「ルヴァ、手を出せ」

「はい？」

「離すなよ。迷ったら帰れなくなるぞ」

カティスはルヴァの手をしっかりと握って、立ち木の間を擦り抜ける。

「え、何なんです？…ぅわっ！」

手を引かれて一歩踏み出すと異様な感触に包まれた。
身体がねじれたり反転したりするような不思議な感覚だった。
一瞬躊躇しかかったが、カティスに引っ張られて足を動かし続けると、スポンと身体が楽になった。

「え？」

見回すと森がどこにも見当たらない。
どこかの町外れのような風景の中に居た。
カティスはキョロキョロと周りを見回すルヴァを面白そうに眺めていた。

「ここ…聖地じゃないです…よね…」

「あぁ」

「何だったんですか、今の…」

「さぁ、何なんだろうな」

「カティス！」

「怒るな。はぐらかしてるわけじゃない。俺だって知らないんだ」

「知らないって…」

「うん…。まぁ偶然見つけたんだな。どうやら聖地の綻びのようだ…」

「はぁ…？」

「別に聖地に影響があるということも無さそうだし、けっこう便利なんで時々利用している」

「でも…」

「内緒だぞ」

「…はい」

楽しそうなカティスに、ルヴァはわけがわからないまま頷いた。

「それで、見せたいものってこれのことですか」

「あぁ？　いや、違う違う。それは…、話すより見た方が早い。行くぞ」

「あ、待ってください…」

カティスは、またルヴァの手をつかんで歩いてゆく。
ルヴァは小走りで引っ張られていった。




「あぁ、降ってきたな」

見上げると薄暗くなった空から、白いものが舞い降りてきていた。

「…雪…ですか」

「あぁ。暦の上では春になっているはずだが、この辺りはまだ冬の気候だからな」

「綺麗ですね…」

「あぁ…。寒くないか」

「大丈夫です」

「じゃあ、もう少し歩くぞ」

カティスは寒さからかばうようにルヴァの肩を抱いて歩き始めた。

　カティス…

ルヴァは微かに頬を染めて、カティスに抱き寄せられながら歩いていった。



雪はどんどん降ってきている。
いつのまにか雪の積もった林の中を歩いていた。
カティスが立ち止まって周りを見回す。

「さぁ、ここだ」

「ここって…」

ルヴァは同じように周りを見回すが、カティスが見せたいと思うようなものは何も見つからなかった。
困ったような顔で見上げてくるルヴァに、カティスは柔らかな微笑を見せる。

「なぁ、ルヴァ。こんな厳しい寒さの中で咲く花ってのはどんなものだと思う？」

「え、こんな雪の中でですか」

「そう。こんな雪の中でだ」

「ひ弱な花では無理でしょうね。う〜ん…外套を着たように厚い殻なんかに覆われている花とか…」

「そう思うだろう。ところが、全然違うんだ」

「何なんです、教えてください」

「自分で探してみろ」

「え…」とルヴァは戸惑ったように再び周りを見回した。
カティスがそう言う以上、どこかに花が咲いているのだろう。
そう思って目を凝らしても、周りには雪の積もった木々しかない。
全ての葉を落とした、冬の木立だった。
その根元は雪に覆われていて、花らしいものは見当たらない。
この一面の雪景色の中の、どこに花などあるというのだろう…。
カティスは、ルヴァが途方に暮れている様子をニヤニヤしながら眺めている。
ルヴァは小さくため息をついた。

ふわりと空気が動いた。
微かな風に敏感に反応して、雪が舞う。

　え…？

ルヴァが驚いたように目をみはる。

　今、何か花の香りがしませんでしたか…

慎重に辺りの空気を探ると、確かに花の香りが混じっていた。

　花なんてどこにもないのに、いったいどこから…

「気が付いたか。いい香りだろう」

「カティス、どこに…どこに花があるのですか」

「よく見てみろ。ほら…」

カティスが指差したのは、傍らの木の枝だった。

「え…。だってただ枝に雪が積もっているだけでしょう。…あ、これ、雪じゃなくて…花…ですか？！」

よく見ると、枝に積もった雪と見えたのは雪ばかりでなく、枝のあちらこちらに雪と見まごうばかりの白い花が咲いている。
気が付いてから見直すと、辺り一面の木の枝には皆、雪に紛れて白い花が咲いていた
ポカンと口を開けて見上げているルヴァを見ながら、カティスは楽しそうに声をあげて笑った。

「どうだ、すごいだろう」

「えぇ。こんなに可憐な花なのに、しっかりと雪に耐えて咲いているなんて、すごいです」

「この花は、暦が春になるとまだ雪のあるうちにこうして咲く。厳しい寒さに耐えて、凛として春の到来を告げる花だ」

「…春を告げる花…」

「他の花に先駆けて咲くので、花の兄ともいわれるそうだ」

「素敵な花ですね」

「綺麗だろう」

「はい。香りも良いです」

「気に入ったか」

「はい」

「そうか。良かった」

「あの、カティスが私に見せたいものって…」

「あぁ、この花だ。気に入ってくれて嬉しいよ」

「はい。カティス…」

「ん？」

「ありがとうございます」

ルヴァの満面の笑みに、カティスも笑顔になる。
微笑みながらルヴァの肩を抱き寄せて、雪の中の梢を見上げる。
頬を染めてカティスの胸にもたれながら、ルヴァは同じように梢を見上げる。
２人はしばし黙ったまま花を眺めていた。


やがて、カティスが「ルヴァ…」と口を開く。

「この花、お前に似ていると思わないか」

「はい？」

「楚々として、決して派手ではないが、揺るがぬ強さを持って雪にも負けずに美しく咲いている。すっきりと気品があって、香気豊かで…」

「カティスったら、何を言うんですか。…確かにこの花はそういう印象ですけれど、私は全然そんなふうじゃないですよ」

「いや、お前はそんなふうだよ」

「カティス…」

「人当たりがよくて、優しくて、他人のこと気遣ってばかりいるのに、自分を見失うことはない。
はかなげに見えながら、気は強いし、こうと決めたら頑固だし…」

「あ…カティス！」

「怒った顔も可愛いし…」

「もう…からかわないでくださいっ！」

「あははは…」

カティスは笑いながら、ルヴァを両腕の中に抱え込む。

「ルヴァ…」

抱き締めて、耳元でそっとささやく。

「それは冗談だが、俺はホントにこの花はルヴァのようだと思うぞ」

「カティス…」

「この花の凛とした涼しさが、お前を思わせる」

「あの…」

「俺はこの花が好きだ」

「…カティス…」

「…お前が好きだ…」

「…あ……」

贈られた口付けの熱さに、ルヴァは微かにあえぎながらカティスにしがみつく。
強く抱き締めあう２人の上に、はらはらと雪は舞い降りる。
馥郁とした花の香りが、２人を柔らかく包んでいた。


　　　　Ｅ　Ｎ　Ｄ

リクエストの内容は、前緑様か鋼様が相手、「書くときの季節の花で」ということでした。
ということで、この花を…
あえて花の名前を書いていませんが、よろしいですよね？
ちょっと成長した青年ルヴァ様とカティスのお話です。
もっとロマンティックな話にしたかったんですけれど、こんなふうになってしまいました。
カプ様、こんなお２人、いかがですか？