（２） ２００１．９．１０
| 祭礼が終わり、神官らに見送られて神殿の最奥、次元回廊が開かれる地点に向かう。 カティスと二人で次元回廊が開かれるのを待つ間、ルヴァはふっと思い出した。 始めから何か気になっていた。 祭礼に気を取られて、気になっていたことすら忘れていたのを、思い出した。 「カティス‥‥祭礼は７日間で、ここへ着いた日を入れて今日は８日目ですよね」 「あぁ、それがどうかしたか」 「私が受け取った文書には現地時間で２週間とあったと思うんですけど‥‥」 「あぁ、そのことか」 カティスはニッと笑った。 「すぐにわかるさ。さあ、回廊が開いたぞ」 訝しげなルヴァを押し込むようにして、回廊へ踏み込む。 二人の身体はすぐに時空を越えて運ばれていった。 次元回廊から外へ出ると、そこは見知らぬ場所だった。 「聖地へ帰る‥‥のでは、なかったのですか」 「ん？ さっきおまえも言ったじゃないか。今日はまだ２週間のうちの８日目だって」 「はい？」 「あと６日、二人でいろんなとこへ行くんだ」 「何か別の用務ですか」 カティスは面白そうに笑った。 「ホントに真面目なヤツだな。違うよ。仕事じゃない」 「じゃあ、何なんです」 「女王陛下にお願いしたんだ。ついでにルヴァにいろんな土地を体験させてやって欲しいって」 「‥‥」 「おまえ、故郷の星と主星くらいしか知らないだろ。 本の中でだけじゃなく実際に経験することが必要じゃないかってさ」 「カティス‥‥」 「ほら、視察に行った先で物珍しそうにきょろきょろしてちゃ困るだろ」 にやりと笑ってウィンクを一つ。 ルヴァは「あ！」と真っ赤になった。 「カティス‥‥ひどい‥‥」 顔をそらすルヴァをカティスは優しく抱き締めた。 「冗談だ、怒るな。でも、いろいろ見せてやりたいって思ったのは冗談じゃないぞ」 「えぇ‥‥わかってます。カティス‥‥。ありがとうございます」 にこりと笑顔を見せるルヴァの耳元で、カティスはささやく。 「ささやかだけど、俺たちのハネムーンみたいなものかな」 ぎゅっと抱き締めるカティスの腕の中で、ルヴァは幸せそうに微笑んだ。 「さて、そろそろ日暮れに近いから、まずはホテルだな。予約してあるはずなんだが‥‥」 その辺りで最も設備の整ったホテルの、最上階スィートルーム。 ルヴァは幾つも続く部屋のそれぞれがどうなっているのかを、一つ一つ確認して回っている。 好奇心に目を輝かせてあちらを覗きこちらを試し、全てのボタンを押し、蛇口を捻り、スイッチを入れているルヴァに、 カティスは半ばあきれながら、微笑んで見守っていた。 「カティス！」 向こうの部屋からルヴァが叫ぶ。 行ってみると、開け放した窓の傍でルヴァが不思議そうな顔でこちらを見ている。 窓の外は、既に夕闇に飲み込まれて暗い。 「どうした、ルヴァ」 「カティス、この音‥‥。この外には何があるんですか」 「音？」 耳を澄ましたカティスが「あぁ」と笑った。 「これは波の音だ」 「波の音‥‥？」 「あぁ。まずおまえに海を見せてやろうと思ってさ、海の多い星に来たんだ。 このホテルは海のすぐ近くに建ってるから、朝になったら窓から海が見えるぞ」 「この向こうは海なんですね」 うっとりと、ルヴァは窓の外の暗闇を見詰める。 「あぁ。明日は海岸の方に行ってみような」 「えぇ‥‥」 「さてと、好奇心が満足したら、そろそろ俺のところへ戻って来てくれないか。 それとも、俺はここでもずっとお預けをくらうのか？」 「あ‥‥」 ルヴァが弾かれたように振り向いた。 視線がぶつかる。 カティスが腕を広げてルヴァを促す。 ルヴァは駆け寄って、その腕の中に飛び込んだ。 痛いほど抱き締められる。 性急な口付けに翻弄されて、ルヴァの息が上がる。 「ルヴァ‥‥おまえがいつも傍にいるのに‥‥ 聖地を離れて、知ったヤツなんて誰もいない場所で、おまえがいつも傍にいるのに‥‥ こうして抱き締めることさえ出来なくて‥‥寂しかったぞ‥‥」 「カティス、カティス‥‥」 「ルヴァ‥‥」 口付けがルヴァの首筋をたどってゆく。 「‥‥ぁ‥ぁぁ‥‥」 カティスにしがみついて身体を支えるルヴァ。 カティスはルヴァを抱き上げてベッドへと向かう。 １週間分の想いを充たすように、２人は何度も愛し合った。 朝になった。 爽やかな潮風に乗って海鳥の声が聞こえてくる。 「‥‥ルヴァ、大丈夫か」 枕に顔を埋めたまま、ルヴァは返事をしない。 「‥動けるか？」 ルヴァが僅かに顔を向ける。 涙に潤んだ目が無言でカティスを責める。 「‥すまん‥‥つい、嬉しくて‥‥」 「‥‥」 「おまえがあんまり可愛いから‥‥」 「‥‥」 「おまえだって喜んでたし‥‥」 「‥‥私が‥‥」 「ん？」 「‥私がいけないんですか？‥‥」 「あ‥‥、いやそんなことはない‥‥。俺が悪い！ もう全面的に俺が悪いっ！！」 必死で言い募るカティスを、ルヴァは「可愛い」と思ってしまった。 ぽすん、と、ルヴァはまた枕に顔を埋める。 「‥‥なのに‥‥」 くぐもった声が微かに聞こえてくる。 「え？ 何だ？ どうした？」 「図書館や書店に行ってみたかったのに‥‥」 「おいおい、俺と二人っきりでここにいて、なんで図書館なんだ‥‥」 「‥行きたかったのに‥‥」 「‥‥ルヴァ‥‥」 「‥カティスと‥海を見に行きたかったのに‥‥」 「ルヴァ‥‥？」 気が付くと、枕に埋めている頬がほんのりと赤く染まっている。 「ルヴァ！」 カティスはそっとルヴァを抱き起こし、膝に抱え上げる。 ルヴァは真っ赤になってカティスの胸に顔を埋める。 「ルヴァ、もう怒ってないのか？」 カティスはそっと耳元でささやく。 ルヴァは微かにうなずいた。 「カティスだけが悪いんじゃありません。‥‥私も‥その‥‥カティスが欲しかったんですから‥‥」 消え入りそうに応えるルヴァを、カティスはしっかりと抱き締めた。 カティスに抱き上げられてバスルームに向かう。 繊細なガラス細工を扱うように、丁寧に丁寧にカティスはルヴァの身体を洗い、髪を洗った。 ハーブの香りのお湯の中で、カティスにゆったりと身体を預けて、ルヴァは目を閉じる。 温かいお湯が身体の疲れをほぐしていく。 気持ちがいい。 「ルヴァ‥‥」 目を明けて振り仰ぐと優しい口付けが落ちてきた。 「カティス‥‥」 ルヴァはそっとカティスにもたれかかった。 カティスに支えられてテラスに出る。 湯上りのバスローブ姿に、風が心地良い。 イスに腰掛けて、目を上げると目の前は海だった。 明るい太陽の光を受けて青く輝く海が、見渡す限り果てしなく広がっている。 書物の中でだけ知っていた海を初めて自分の目で見て、ルヴァは言葉を失った。 （これが、海‥なんですね‥‥） お茶が冷めるのにも気付かずに海を眺めているルヴァを、カティスは愛しそうに見詰めていた。 しばらくして、夢から覚めるようにルヴァの視線が戻ってきた。 自分を見詰めるカティスの眼差しに気付いて、微かに頬を染める。 「カティス‥‥」 「ん？」 「‥‥ありがとうございました」 「気にするな。おまえが喜んでくれたならそれでいいんだ」 ルヴァが嬉しそうに微笑んだ。 日差しがだいぶん傾いたころ、二人は波打ち際まで出掛けていった。 「ルヴァ、大丈夫か？」 「えぇ、もう大丈夫です」 ルヴァは恥じらうように答える。 まだ多少動くのが辛い。 それでも、海を間近で見るという喜びの前にはそんなことは大したことではない。 波の引くぎりぎりまで行って、波に追い付かれないように走ってもどる。 しばし、そんなたわいもない遊びに熱中する。 波が来るのを見ると途端に逃げてしまうルヴァをカティスは笑ったが、 そのカティスは、ぎりぎりまで粘ったあげく逃げ切れずに水に浸かりルヴァに笑われたりもした。 寄り添って温かな砂の上に腰を下ろす。 繰り返し繰り返し寄せては返す波を、二人は黙って眺めていた。 やがて、海面を金色に染めて、夕陽が波間に沈んでいった‥‥。 シーフードをメインとしたディナーは素晴らしく美味しかった。 まろやかに熟成したワインの風味はカティスを喜ばせた。 部屋の明かりを消し、海に面した窓を開けて波の音を聞く。 寄り添ってソファに身を沈め、お互いの体温を感じながら、満ち足りた思いをかみしめる。 二人きりだ。 聖地からも、守護聖の仲間からも離れて、二人きりだ。 この宇宙の中にただ二人きりで波の音に包まれているような、そんな幸せな錯覚さえ感じられる。 「カティス‥‥」 そうっとルヴァがささやく。 「初めて海を見ることが出来て嬉しかったです。 海が全ての命のふるさとならば、私はふるさとにたどり着いたのでしょうね。 初めて見たのに、なんだか懐かしいような気もして‥‥不思議な感覚でした‥‥」 「それと、もう一つ‥‥」 カティスの肩に頭をもたれさせて、ルヴァは続ける。 「海は‥‥、故郷の砂漠を思い出させてくれました。 見渡す限り続く海は、見渡す限り続く砂の世界にどこか似ています‥‥。 どこまでもどこまでも果てしなく続く、終わりの無い永遠の広がり‥‥。 砂漠を「砂の海」と言い表したのは誰だったか‥。 今の私には、その言葉の意味がしみじみと感じられます」 「ルヴァ‥‥」 「カティス、本当に、ありがとうございました」 ルヴァは伸び上がってカティスの頬に口付けた。 その夜二人は、前夜の激しさとは異なる深く静かな情熱に身を委ねた。 ゆっくりと、しっかりと、愛を確かめ合って夜は更けていく。 開け放した窓からは、波の音が聞こえていた。 繰り返し繰り返す波の響きを聞きながら、ルヴァは、カティスの腕の中で眠りに付いた。 海の惑星を後にした二人は、更にいくつかの星を訪れた。 真っ白な雪に埋もれた山岳地帯や、遊牧民がのどかに羊を追う草原や、太古の森････ 様々なところを回って、とうとう聖地へ戻るときがきた。 最後の次元回廊の入り口で、ルヴァは突然カティスを抱き締めた。 何も言わず、ただ微かに頬を染めながら抱き締めてくるルヴァに、カティスは黙って身を任せていた。 やがて抱き締める腕が緩み、ルヴァが顔を上げて、潤んだ瞳でカティスを見上げた。 抱き返して、口付ける。 二人だけの時間の終わりだった。 戻ってきた聖地は、何も変わっていなかった。 （当たり前ですよね、ここでは１日しか経っていないのですもの） 「さて、これで任務終了だ。俺は聖殿に報告に行ってくるから、おまえは邸に帰って休め」 初めて外の世界と行き来して疲れてるだろう、と言うカティスに、 ルヴァは静かに首を振った。 「二人の仕事だったんですから、私も一緒に行きます。 最後までちゃんとやり終えなくっちゃ････」 ひたむきな少年の眼差しを受け止めて、カティスはにこりと笑った。 「そうだな。じゃ、一緒に行こう」 「はい」 ルヴァもにこりと笑った。 そうして二人は肩を並べて聖殿に向かった。 【 Ｅ Ｎ Ｄ 】 |
| 「外へお出かけ」というお題を頂戴して、さて、どこへいかせようか・・・・と考えていましたら、出かける理由の方がどんどん広がっていって、このようなお話になりました。 青年カティス（でも中身はしっかりオヤジですね（笑））と少年ルヴァ様。 恋人関係になって少し経ったお二人です。 圭夢様、こんなお話でよかったですか？ |
