ＳＴＡＲ　ＬＩＧＨＴ　２００７．７．２１ 「え？」 ルヴァはページを繰る手を止めて、窓の方に顔を向けた。 何か、微かな音がしたような気がしたのは、風の音だろうか… 見詰めている視線の先で、「コツッ」と小さな音がした。 ルヴァは立ち上がって窓に近付く。 外に開くガラス窓を押し開けると、夜の闇がふわりと入り込んでくる。 闇を透かして外を窺うと、眼下の茂みの傍らに人影があった。 「…ルヴァ様…」 微かな声が呼んでいる。 「リュミエールッ！」 思わずあげた声の大きさに驚いて、ルヴァは両手で口を押さえた。 リュミエールが小さく笑ったような気がした。 「ルヴァ様、出ていらっしゃいませんか…」 リュミエールが闇の中から呼んでいる。 いつにない展開に少しどきどきしながらルヴァは「はい…」と応えた。 「待っていてくださいね…」 小さな声でリュミエールに伝えると、ルヴァはそっと階下に下りた。 外に出ると、夜の大気はひんやりと心地よかった。 僅かに流れる風に、ターバンの端がふわりと翻る。 リュミエールがいた辺りに向かって小走りに走ってゆく。 ルヴァの姿を認めたリュミエールが、同じように駆け寄って、ルヴァをその胸に抱え込む。 リュミエールの胸に抱き寄せられ、腕に包み込まれたまま、ルヴァは弾んだ息を整えようと大きく息を吸った。 このドキドキと高鳴る鼓動は、急いだせいだろうか、それともリュミエールに抱かれているからだろうか…。 「ルヴァ様…」 リュミエールの声が、ビロードのように耳をくすぐる。 「こんな時間に申し訳ありません」 「いえ…。あの、何かあったのですか」 ルヴァは少しだけ身体を離してリュミエールの顔を見詰める。 少し心配そうなルヴァに向かって、リュミエールは笑顔で首を振る。 「いいえ。今夜はたいへん星が美しいので、気ままに散歩をしていたのです。ここまで来ましたらルヴァ様のお部屋に灯りが点いているのが見えましたので、ひょっとしたら気付いていただけるかと思いまして…」 「リュミエール…」 困った人ですね、とも、嬉しいです、とも、どちらとも取れるような笑顔を、ルヴァは浮かべた。 見上げれば確かに美しい星空だった。 今夜は月が出ていないので、星々の輝きはいっそう冴え冴えと美しい。 「まだおやすみにならないのでしたら、少しの間、夜の散歩にお付き合いいただけませんか」 再びルヴァを抱き締めて、その耳元にリュミエールはささやく。 ルヴァはクスッと笑いながら「はい…」とうなずいた。 歩き慣れているはずの小径も、星明りの下ではずいぶん勝手が違って感じられる。 見慣れた聖地の風景が、すっかりその様相を変えている。 肩を並べ寄り添って歩いていると、何か不可思議な空間に迷い込んだような気さえしてきた。 ルヴァは、隣を歩くリュミエールをそっと窺って、いつもどおりのリュミエールであることを確かめる。 「ルヴァ様？」 リュミエールが、どうかしましたか？とルヴァを見る。 「なんでもありません」 ささやくように言って、ルヴァはそっとリュミエールの腕に自分の腕を絡める。 一瞬目を見張ったリュミエールは、幸せそうな笑顔を浮かべた。 道を離れて森の中へと歩を進めた。 樹々の間から差し込む星の光を頼りに小径をたどる。 足元のおぼつかなさが不安定な気分を誘う。 ルヴァは、腕を絡めたままリュミエールにそっと擦り寄った。 森の奥を歩いてゆくと不意に現れる開けた空間は、一面の花々で覆われている。 日頃から２人が好んで訪れる場所ではあるが、夜にはずいぶん違った顔を見せていた。 花びらを閉じた花もあるが、夜も眠らないいくつもの花がそよ風に花びらを揺らしていた。 星の煌きを地上に映して、微かな輝きさえ放っているようにも見える。 昼間の華やかさとは対照的な、深い静けさを秘めた美しさだった。 花々の間に寄り添って腰を下ろす。 リュミエールは優しくルヴァの肩を抱き寄せる。 ルヴァは僅かに頬を染めてリュミエールに身を寄せた。 花の海を渡ってくる風が心地よい。 肩に回された手に力が加わったことを感じて、ルヴァは顔を上げてリュミエールを仰ぎ見た。 リュミエールの顔が近付いて、そっと唇が重ねられる。 穏やかでいて、情熱的な口付けがルヴァを酔わす。 いつの間にか、ルヴァの両手はリュミエールをしっかりと抱き締めていた。 リュミエールの腕に抱き締められたまま花の褥に横たわって、ルヴァは頭上に輝く星々を見詰めていた。 リュミエールの温もりに抱かれて、ルヴァは満足げに息をはいた。 この思いが「幸せ」というものなのだと思った。 リュミエールはルヴァに沢山の幸せをくれる。 身体の隅々まで幸せな思いが満ち足りていることが感じられる。 無数の星々の輝きは、今自分が感じている幸せを数え上げているように思われた。 一つ一つがリュミエールの微笑みのようにルヴァを見詰めていた。 夜空一面の星が、リュミエールの愛情を示しているようだった。 「リュミエール…」 「はい？」 小さく呼びかけると、蕩けそうに甘い声でリュミエールが応える。 柔らかな微笑が愛しげにルヴァを見詰めている。 ルヴァは思わずその顔に見惚れた。 「どうかなさいましたか」 リュミエールが微笑んで尋ねる。 「あ…」 今の自分の気持ちをどう言えば伝わるだろう…。 ルヴァの頭は言葉を探してうろたえる。 「あ…あの…綺麗な星ですね…」 口に出した途端、なんて間抜けなことを言ったんだろうとルヴァは微かに赤面する。 ルヴァを見詰めて、リュミエールは「ええ、本当に…」と微笑んだ。 ルヴァを抱き締めて、空を見上げる。 「この美しい無数の星の一つ一つがルヴァ様の笑顔のように感じられます」 「え…？」 何を言われたのか咄嗟にはわからず、ルヴァはキョトンとした顔でリュミエールを見た。 「星々の輝きの一つ一つが、わたくしを幸せにしてくれます」 「リュミエール…」 ルヴァは頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。 「私も同じことを考えていました…。星の輝きがあなたのようだって…」 「ルヴァ様…」 驚いたようなリュミエールの表情が、ふわりと笑みに変わる。 「ルヴァ様…」 抱き寄せたルヴァの耳元に、リュミエールは甘い声でささやく。 「あの星の数にも増して、あなたを愛しています」 「リュミエール…」 ルヴァは頬を染めてリュミエールを抱き締める。 抱き合って口付けを交わす２人の頭上に、満天の星は益々澄みきって輝きを増していった。 　　　　　Fin

なんとなく書き始めて、なんとなく終わらせました(笑） 夜のお散歩を楽しむ２人が書きたかったんだと思います。 空一面の星…都会生活には望むべくもありません。 憧れているのは、砂漠の夜です。一面の星空と一面の砂。それ以外は何もない風景…。 一度見てみたいものです。