Q1


「ねえ、リュミちゃん、あの話、知ってる？」

オリヴィエは楽しそうにクスクスと笑いながらリュミエールに話しかけた。
土の曜日の昼下がり。
地の館のテラスには２人の他には誰もいなかった。

「え、何のことです？」

「ん、昨日オスカーがジュリアスに呼ばれた話」

「オスカーがジュリアス様のところに伺うのはいつものことではありませんか？」

「それは仕事のことならね〜。でも、昨日はそうじゃないよ」

「おや。では…なにか不始末でもしでかしましたか」

「そ。ほら、この間、あいつゼフェルとランディ連れてこっそり“外”に遊びに行ったでしょ。向こうでずいぶん羽目外したらしくってさ、ゼフェルたちが自慢げにマルセルに話したのがジュリアスの耳にまで届いちゃったってことなんだよね」

「それではジュリアス様はかなりご立腹だったでしょうね」

「そうなんだよ。オスカー１人なら今更ってモンだけどさ、子どもたちを巻き込んだとなるとね〜」

オリヴィエはまたクスクスと笑った。

「本当に、オスカーにも困ったものですねぇ…」

リュミエールがしみじみとため息をつく。

「まったくね。それでジュリアスは、オスカーにはキツイ叱責と山のような仕事を与えた上で当分の間禁酒を言い渡したんだってさ」

「それは…オスカーにとっては最後の項目が一番こたえたでしょうね」

「そうだろうね〜。だからさ、今夜オスカーんとこ押しかけて宴会しない？」

「お酒の無い宴会ですか？」

「何言ってんのよ。私たちは禁酒命令が出てるわけじゃないでしょ。もちろん飲むに決まってるわよ」

「オスカーの館で？」

「そ。あいつに極上のコレクション出させて飲み明かそう」

「オスカーが飲めないのに？」

「もちろん。あいつの分まで私たちが飲んであげなきゃね」

オリヴィエは我慢しきれないように笑った。

「それではオスカーがあまりにも気の毒ではありませんか」

そう言いながら、リュミエールも笑いを抑えられない。

「まったく、友だち甲斐の無いヤツらだぜ」

突然背後から声が掛かった。
笑いながら部屋の中に視線を移すと、仏頂面のオスカーが立っていた。
オスカーは、オリヴィエとリュミエールを睨みながらズカズカとテラスに出てきて、手頃なイスに腰を下ろす。

「おや、オスカー。アンタ出歩いてていいの？　やらなきゃいけないお仕事がいっぱいあるんでしょ？」

「ほっとけ。別に謹慎を言い渡されたわけじゃない。俺がどこへ行こうと自由だろ」

「まぁね。とにかく、今の聞いてたんなら、話が早いわ。そうゆうことで今夜、ヨロシク」

「今禁酒中だ。お前らに飲ませる酒は無いゾ」

「禁酒はアンタだけでしょーが」

「俺が飲めないのにお前らに飲ませてたまるか」

「アンタが飲めないから、せめてお酒の雰囲気だけでも味わわせてあげようっていう友情がわからないかなぁ」

「わかるか、そんなモン。お前面白がってるだけだろ」

いつもながらの２人のやり取りを、リュミエールは笑いながら見ていた。
こんなときの２人は、まるっきり大きな子どもだ。



「ところで、ルヴァはどうしたんだ？」

オリヴィエとの舌戦が一段落したところで、周りを見回しながらオスカーが尋ねた。

「ルヴァ様は書庫で調べものをしていらっしゃいます」

「は？」

「私たちが来た時は既に書庫に籠もった後だったんだけどね、ここにお茶の支度はしてあったし、ご自由にどうぞっていうメッセージも残されてたんで、まあこうしてお茶飲んでるってわけ」

「…そりゃまあ、ルヴァらしいな…」

「オスカー、お茶をどうぞ」

リュミエールがお茶のカップを差し出す。一緒に自分たちもお代わりをする。

「ああ、すまんな」

お茶を受け取って、オスカーはゆったりと寛ぐ。


「しかし、あれだな」

不意に、何か思いついたようにオスカーが口を開いた。

「なんです、オスカー」

「ルヴァがいないってことは、今日はややこしい問題に悩まされる心配はないってことだよな」

安心した様子でお茶を飲むオスカーを、オリヴィエとリュミエールは呆れたように見詰める。
一瞬の後、２人は声をあげて笑った。

「なんだよっ。笑うことないだろ」

「あ〜おっかしい。アンタよっぽどルヴァの問題が怖いんだねぇ〜」

「うるさいな。いーだろ、別に」

拗ねるようなオスカーを見て、リュミエールがクスッと笑う。

「怖い怖いと言いながら、実はルヴァ様の問題に悩まされないと寂しいのではありませんか？」

静かな声で言うリュミエールに、オスカーは恐怖の面持ちで視線を走らせた。

「そんなことはない。断じてそんなことはないぞ。余計な気を回したりするなよっ」

「な〜んだ、オスカーったらそうだったんだ。いつもいつもわざとらしく嫌がってみせるのは、難しい問題を出して欲しいっていうアピールだったんだね〜」

オリヴィエが明るい声で言って、オスカーの肩を叩く。

「そんなはずあるかよ。無茶苦茶なこと言うんじゃない」

「では、ルヴァ様の代わりに、何か問題を出して差し上げないといけませんね」

「あ〜そうだね。私たちじゃルヴァほど凝った問題は出せないかもしれないけど、でもオスカーのためなら頑張ってみようか」

リュミエールとオリヴィエはにっこりと笑い合う。

「それとも、尻尾巻いて逃げる？」

オリヴィエが挑戦的に笑ってオスカーを見る。
直前まで、どうやって２人を抑えようかと考えていたオスカーは、オリヴィエの顔を見た途端思わず背筋を伸ばした。
負けてたまるかという気持ちがむくむくと頭を持ち上げてくる。

「逃げる？　冗談じゃないぜ。お前たちの問題なら俺にとっては役不足だが、まあ仕方がない。解いてやるから言ってみろよ」

「おや、追い詰められて開き直ったね。い〜よぉ、ご要望にお応えして難しい問題を出してあげようじゃない」

しまった、俺は何を言ってしまったんだ…という思いを外に出さないよう、オスカーは頑張って不敵な笑みを浮かべている。
そんなオスカーの内心が手に取るようにわかって、オリヴィエとリュミエールは笑いをこらえるのが大変だった。

「さあ、問題を出せよ」

オスカーはヤケのように２人を見た。
オリヴィエとリュミエールは無言で見詰め合っていたが、しばらくしてリュミエールが静かにうなずく。

「では、わたくしから問題を差し上げましょうね」

にっこりとオスカーに微笑みかけると、リュミエールはゆっくり話し始めた。

「ここに３人の少年がいます。仮にランディ、ゼフェル、マルセルとしましょう。
ある日、ゼフェルとマルセルは市場でオレンジを売ることになりました。
ゼフェルは２個で１００ゴールド、マルセルは３個で１００ゴールドで売っていました。
よろしいですか、オスカー」

「あ、ああ…」

「ところが２人とも突然用事ができてしまったので、通りかかったランディに残りを売るのを頼んでその場を離れましたが、そのときどちらも６０個のオレンジが残っていました。
頼まれたランディは、２通り売るのが面倒だったので、まとめて５個２００ゴールドで売ることにしました」

「ほう、ランディにしちゃ賢いじゃないか」

「ええ。それでオレンジはめでたく全部売り切れました。
精算するときになって、
ゼフェルは６０個分の売り上げ３０００ゴールド（６０÷２×１００）を、
マルセルは６０個分の売り上げ２０００ゴールド（６０÷３×１００）を請求しました」

「うん、当然だな」

オスカーがうなずく。

「ところがランディの手元には４８００ゴールド（１２０÷５×２００）しかないのです。
何がいけなかったかわかりますか」

聞き終わって、少し間があって、オスカーが「は？」と首を傾げた。

「どういうことだ？」

「ですから、ランディはどこでしくじったのかを答えてください」

「はぁぁ？」

オスカーは混乱しながら計算を繰り返す。

オリヴィエが声を出さずに笑いながらリュミエールにウインクを飛ばした。

問：ランディのやり方はどこがいけなかったのかを説明してください。

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