２００１．１２．２５

その日、ルヴァの所に回ってきた書類は、ひどく多かった。
守護聖となってだいぶん経ったが、これほど忙しい日は初めてだった。
明日に回せるものは後回しにして、それでもいつもの倍近くある･･･。
とにかく今日の分を片付けて聖殿から退出した時には、既に辺りは暗くなっていた。
見上げれば満天の星が広がっている。
　
あぁ、きれいですねぇ･･･と見上げていたら、不意に後ろから抱き締められた。
はっと息を飲んで身を強張らせる、と、耳元で「ルヴァ･･･」とささやく声がした。

　「カティス･･･」

一気に緊張がほぐれた。
腕の中で身を反転させて向かい合う。

　「もう･･･、驚かさないでくださいっ」

プンとすねたように怒るのを、カティスは愛しそうに見詰める。
じっと見詰められて、だんだんルヴァは落ち着かなくなってきた。

　「あ、あの･･･何か用でしたか」

　「あぁ、ちょっとお前と出掛けたいところがあってな」

　「こんな時間からですか」

　「だめか」

探るような目がこちらを見ている。こんなに遅くまでずっと自分を待っていてくれた人･･･。
ルヴァはにっこりと笑いかける。

　「いいえ、大丈夫です。ご一緒しますよ」

　「そうか」

カティスがホッとしたような、嬉しそうな表情で笑う。
こんな顔を見る度、カティスがまるで幼い子供のように思えてきて､ルヴァはカティスを可愛いと思ってしまう。
自分よりうんと年上のはずなのに･･･おかしいですね、と、ルヴァは首をかしげる。



カティスに連れられてやってきたのは、外の世界だった。
聖地の外へ出るなんて、いいんですか･･･と焦るルヴァに、カティスはニッと笑ってウィンクをして見せた。

街は夜だったが、光に溢れ、人々で賑わっていた。
来る途中で、目立たない服装に着替えさせられていたが、様々な服装で街を行き交う人々は、
たとえルヴァが執務服で佇んでいても、気にも留めないだろうと思われた。

　「これは･･･お祭りか何かですか？」

　「まぁ、祭りだろうな、これは･･･。本来はそうじゃないんだろうが･･」

　「え？」

　「お前の方がよく知っているはずだぞ。今夜は１２月２４日だ」

　「･･･あ、Holy night ですね」

　「あぁ。お前、知識としては知ってても、実際を知らないって言ってただろ」

　「えぇ、私の星にはこの伝説は伝わっていなかったんです」

　「伝説の発祥の地へ連れてってやるわけにはいかないが、主星でも最近すっかり定着した風習になってるからな」

　ルヴァは、改めて物珍しそうに周りを見回す。

　「ずいぶん賑やかなんですね。もっと敬虔な宗教的行事だと思っていました」

　「今ではすっかりお祭り騒ぎだな。宗教的というよりは、パーティーとプレゼント交換の日になってるようだぞ」

　「あぁ、プレゼント！　そうです。この日は大切な人にプレゼントを贈る日なんです。ステキな物語もあるんですよ」

ルヴァは楽しそうに話し出す。
貧しくてプレゼントの品を買うお金の無い夫婦が、それでも相手を喜ばせたくって、
夫は親から譲り受けた金の懐中時計を売って櫛のセットを買い、
妻は自慢の金髪を売って金の懐中時計に付ける金の鎖を買い、
今の役には立たないプレゼントなのに、二人ともとても幸せだったという話････　

　「いい話だな」

　「古いお話ですけどね」

ルヴァは微笑む。
お互いのささやかな思いやりが嬉しくなるような、そんなほのぼのとした聖夜を、想像していたのだろう。

　「田舎へいけば、もっと素朴だと思うぞ。この後連れてってやるから、これはこれで楽しめ」

　「えぇ」

砂漠に育った少年には、何もかも初めて見るものばかりの賑わいだった。
華やかなイルミネーションや人々のざわめきを、守護聖の立場を離れ普通の少年のように、ルヴァは楽しんだ。



カティスの運転する車で、都会を離れ田舎へ向かう。

　「カティス････車の運転が出来るんですね」

　「ん、まぁな。内緒だぞ」とカティスは笑う。


進むに連れて、雪が降ってきた。都会を遠く離れた小さな村に着いた時には既に辺りは雪化粧をまとっていた。
村の入り口近くに車を止め、雪の中を村に入る。
少し歩くと教会があった。二人がその前まで来た時、正面の扉が開いて子供たちが出てきた。
火を灯したキャンドルを手に持った子供たちが列になり、澄んだ声で聖歌を歌いながら道を歩いてゆく。
遠ざかってゆく後姿を見送って、ルヴァとカティスはしみじみとした思いを味わっていた。
都会の喧騒とは対極にある、静かで厳かな聖夜･･･。
子供たちがそれぞれの家に帰ってしまうと、外に出ている人影は全く見られなくなった。
静かな村の小道を、ルヴァとカティスは寄り添って歩いた。
家々の戸口には手作りのリースが掛けられ、今夜が特別の夜である事をささやかに主張していた。
家の中には暖かな灯りが点り、聖なる夜を家族で過ごす楽しげな声が聞こえてくる。
窓から見えるのは、ツリーを背景に食卓を囲む温かな光景。
歩きながら、ルヴァもカティスも、ほのぼのと温かいものを感じていた。

　「聖夜ですね･･･」ルヴァがつぶやくように言う。

　「あぁ、そうだな･･･」カティスが答えるともなく言う。

村の外れに大きな樅の木があった。
緑の葉の上に雪が積もって、夜の闇の中でもそのコントラストが美しかった。
圧倒される思いで見上げているうちに、雪が止んで、空が晴れてきた。
気が付くと降るような星空が、樅の木を包んでいる。
ちょうどてっぺん辺りに、ひときわ明るい星が光っていた。

　「クリスマスツリーですね････」うっとりと見上げてルヴァが言った。

　「あぁ、俺たちだけのツリーだな」とカティスがルヴァの肩を抱いて言った。

しばらくはそのままで、黙ってただ見詰めていた。
街の広場に飾ってあった華やかなツリーよりも、
村の家々に飾ってあった素朴なツリーよりも、
その夜見たどのツリーよりも、綺麗で厳かだった。

やがて、ルヴァの肩を抱いた手に力をこめて、カティスがささやいた。

　「ルヴァ･･･俺はお前にやれるものは何も無い」

　「え･･･」

　「お前が話してくれた夫婦のように、自分の大切なものを手放してプレゼントを買うことも出来ない」

この身体ですら自分のものではないのだからな･･･とカティスは自嘲気味に笑う。

　「カティス･･･」

　「死が二人を分かつまで･･･という誓いを立てることも出来ない」

　「･･･」

　「だけどな、今のこの想い、これだけは間違いなく俺のものだ。たった一つお前にやれるものだ」

　「え･･･」

　「ルヴァ、お前が愛しい･･･お前を守りたい･･･お前がいつも笑っていられるようにしてやりたい･･･」

　「カティス･･･」

　「ルヴァ、お前を･･･愛している」

　「カティス･･･私も･･･私もです。私もカティスのことを･･･」

　「ルヴァ･･･」

二人は静かに抱き合い、口付けを交わした。

聖なる夜に、愛するものへ誓いの口付けを･･･


抱き締めあう二人の上に、いつしかまた降り始めた雪が舞い降りていた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ＥＮＤ

突発的に「そうだ、クリスマスだもの、何か書かなくっちゃ！」と思ったのは２４日・・・
滑り込みにもなりませんでした。でも、まぁ、とりあえずクリスマスです・・・・