２００１．３．１５
リュミエールが出張先で事故に会った！！
聖地の守護聖の間にどよめきが走った。
王立研究院の医療施設に搬送されるのを待って皆駆け付ける。
幸いに大きな外傷も無く､ベッドに横たわった様子は、事情を知らなければただ静かに眠っているようにしか見えないほど穏やかだった。感じられるサクリアにも異常はない。
医者は、明日には意識が戻るでしょうと言った。
心配が大きかった分、安堵も大きくて、守護聖たちはリュミエールの無事を心から喜びあった。
リュミエールが行っていたのは、かなり辺境に位置する惑星だった。
水の豊富な青い星で、水の守護聖を祭る神殿がいたるところに築かれていた。
人々は争いを好まない穏やかな性質で、それほど進んではいないけれど豊かな文明を育んでいた。
信仰の中心とも言うべき最も古く大きな神殿で、百年に一度水の守護聖を招聘して大祭を執り行う。
リュミエールの代になってからは初めての祭りだった。
美しい現人神の降臨を得て、祭りは最高潮に達し歓喜と興奮の中に終結を迎えた。
無事務めを終えると、リュミエールはすぐに次元回廊を通って帰途についた。
通常ならば程なく聖地に帰還するはずであった。
それが、何のはずみか次元回廊に異状が発生した。
突然シールドが解け、リュミエールは次元のひずみに放り出されかけた。
あわやというタイミングで緊急システムが作動し、リュミエールの身体はかろうじて無事保護された。
シールドが解けた時の衝撃のせいか、リュミエールは意識を失い、まだ目覚めていない。
事故のあらましはそんなところだった。
「皆で付き添っていても仕方がない。今すぐどうということが無いのなら、リュミエールのことは医療スタッフに任せて執務に戻れ」
ジュリアスの言葉に、皆、病室を後にする。
執務室の扉を閉め、一人になって初めてルヴァは大きく息を吐いた。
リュミエールは無事だった。
怪我も無く無事戻ってきてくれた････
事故の知らせを聞いていらい張り詰めていたものがほどけていく。
身体中から力が抜けていくようで、ルヴァはその場に座り込んでしまった。
涙が溢れてくる。
良かった････
明日になればリュミエールは目を覚まして、いつものような微笑を見せてくれるだろう。
すべては元通りになって、平和な日常が戻ってくるだろう。
まだ涙は止まらないまま、ルヴァの顔には微笑が浮かんでいた。
翌日、再び病室に押し掛けた守護聖たちの見守る中、リュミエールはゆっくりと目覚めた。
「リュミエール、気分はどうだ？」
「あ〜リュミエール、気が付きましたかー」
「リュミちゃん、大丈夫？」
「おい、リュミエール、気が付いたか？」
「リュミエール様〜」
などなど･･･皆が一斉に声をかけた。
一瞬の後、嬉しそうな顔が、戸惑ったように凍りつく。
リュミエールの反応が無いのだ。
確かに目は明けているのに何も見ていない。
仲間たちの声も耳にはいっていないようだ。
その異様さに皆声を失った････
医者が急いで検査を始める。
異状は･･･何も見つからなかった。
どの器官も正常に機能していた。
だのに、リュミエールは何の反応も示さないままだった。
為すすべもなく守護聖たちは聖殿に引き上げてきた。
昨日とは打って変わった重苦しい空気が立ち込めていた。
次の日になってもリュミエールの状態は変わらなかった。
事故が起こった時、危険を察知した精神が自らを守るために、自己を閉ざしてしまったのだろうと医者は言った。
生命に別状はない。基本的な生活行動は出来る。でも自分の意志で何かをすることはない。
どうすればリュミエールの精神は戻ってくるのか。いつ回復するのか。
すべてが闇の中であった。
慣れた環境の方が回復しやすいだろうという医者の判断で、リュミエールの身体は私邸に運ばれた。
自分のベッドの中で、リュミエールは身動きもせず横たわっている。
昼間には、庭を見渡すテラスの椅子に座らせてもみた。
お気に入りの場所に居て、爽やかな風に吹かれ、甘い花の香りに包まれていても、リュミエールは何も感じていないようだった。
次の日も、その次の日も、リュミエールの状態は変わらなかった。
身動き一つせず、その水色の瞳に何も映していないリュミエールを見るのはいたたまれないけれど、
離れていると心配でたまらないから、守護聖たちは執務が終わると毎日のように見舞いに来た。
「こんなに全てを閉ざしてしまわなければいられなかったなんて、どれほどの衝撃だったのでしょう」
怖かったでしょうねと、ルヴァが泣きそうな声で言った。
マルセルが堪えきれずルヴァにしがみついて泣きじゃくった。
皆、リュミエールの心を思いやって涙した。
土の曜日が来た。
朝からリュミエールの周りには守護聖たちが集まって、何とか意識を取り戻させようとしていた。
「ハーブティーもだめだったね。何かあるはずなんだ、リュミちゃんの意識を呼び覚ますものがさ」
「こいつの好きなもの、だよな････」
「あの、音楽はどうでしょう？ リュミエール様は音楽がお好きだったし」
「あぁ、いいところに気が付いたね、マルセルちゃん。でも、何を聞かせたらいいんだろう？」
「リュミエール様ならハープですよね！ 俺、取ってきましょうか？」
「取ってきてどうしようっての？ 落ち着きな、熱血少年」
「オリヴィエ、お前、リュミエールのハープ弾けないか」
「無理言わないでよ、オスカー。リュートみたいなものならなんとかなるけど、ハープなんてとても無理。それに、弾くなら、まさにリュミちゃんの音色でなくっちゃ意味がないでしょ」
「リュミエールと同じようにハープが弾ける者など、この聖地中探してもおらぬぞ」
まさにそのとおりだ。沈黙が流れた。
「あっ！」
ゼフェルが叫んだ。
「ちょっ、ちょっと待っててくれ！」
言うが早いか部屋を飛び出して行く。
しばらくして何かを手にして戻ってきた。
「これ、これさ････前に自動演奏装置作るとき資料にするからって、リュミエールにハープ弾いてもらって吹き込んだんだ。これ使えねーか？」
差し出されたディスクに視線が集まる。
リュミエールをソファに座らせて、ディスクの演奏を始める。
皆、期待に満ちてリュミエールを見詰めていた。
美しい音楽が室内を充たした。リュミエールのハープの音だ。
久し振りに聞くリュミエールの演奏に、誰もが思わず聞き惚れた。
そしてリュミエールは･･･何の反応も示さなかった。
やっぱりこれもだめか、と諦めかけたとき、
２曲目が始まってしばらくして、リュミエールが僅かに動いた。
緊張が走る。
曲は流れ続ける。
皆息を殺してリュミエールにじっと注目する。
確かにリュミエールは反応している。何かが現れようとしている。
しかし、それは微かな兆候にとどまってそれ以上は進まなかった。
もどかしい時が流れた。
演奏が終わった。
あきらめられずもう一度繰り返す。
リュミエールの口唇が微かに震えている････
まだ足りない。リュミエールの意識を呼び戻すにはまだ決定的な何かが足りない。
どうすればいい････
突然、歌声が響いた。
ハープの演奏に合わせて誰かが歌っている。美しい歌声だった。
驚いて声の主を振り返る人々。
泣くのをこらえているような顔付きで、ルヴァが歌っていた。
ルヴァは進み出てリュミエールの前に膝を付いた。
リュミエールの手を取り、顔を見詰めながら歌い続ける。
ルヴァが歌を歌うなんて････
これほど見事に歌えるなんて････
意外な出来事に驚いて、皆声も立てられず、二人を取り巻いて呆けたように見守っていた。
すると････
リュミエールの口唇が何度か開きかけたかと思うと、か細い声が漏れてきた。
途切れ途切れだった声が次第にはっきりし、ルヴァの声に合わせて歌いだして･･･、
気が付けば、見事なハーモニーで歌っていた。
うつろだった瞳の焦点が定まってくる････
曲が終わった。
「･･･ルヴァ様････？」
「リュミエール！」
ルヴァはもう涙がこらえられない。
リュミエールの手を握り締めて泣き出してしまう。
固唾を飲んで見守っていた守護聖たちは、呪縛が解けたように一斉にリュミエールに駆け寄った。
抱き締める者、背中や肩をバンバンと叩く者、すがり付いて泣き出す者、優しい眼差しで見詰める者････
それぞれのやり方で喜びを表し、リュミエールを祝福していた。
駆け付けた医者はリュミエールを診察して、もう心配はいらないといった。
この週末ゆっくり休養すれば来週には執務に戻ることが出来るだろうと言われて、一同は改めて喜んだ。
「さぁ、では我々は退散しよう。リュミエールを休ませてやらなくてはな」
ジュリアスの言葉に皆帰り始める。
「リュミエール様、僕、後でお花をお届けしますね。それじゃあお大事に」
「リュミちゃん、明日には一緒にお茶しようね」
「・・・ではな、リュミエール･･･、ゆっくり休め････」
様々に声を掛けて立ち去る中、ジュリアスがルヴァを引きとめた。
「ルヴァ。そなたのお陰だ。礼を言うぞ」
「いぇ、そんな･･･」
「ご苦労ついでに、しばらくリュミエールに付いていてやってくれぬか」
「え？ えぇ、私は構いませんが････」
「いつも病人や怪我人の面倒を押し付けてすまぬな」
にっこりと笑ったジュリアスはルヴァの耳元でささやく。
「それにしても、そなたがあれほど歌えるとはな････」
「あ、あのぉ、あれは････」
「まぁいい、リュミエールを頼んだぞ」
うろたえるルヴァを残してジュリアスは立ち去った。
気が付くと、シンと静まりかえった中に、リュミエールとルヴァだけが残っていた。
「ルヴァ様････」
リュミエールが立ち上がった。
歩きかけて、身体が思うように動かず倒れかかる。
ルヴァは慌てて駆け寄りソファに掛けさせた。
「ダメですよ、リュミエール。しばらくは安静にしていないと･･･」
「わたくしは････どうしたのでしょう････？」
「覚えていませんか？」
ルヴァはことの顛末を説明する。リュミエールは記憶をたどった。
「あぁ、そうです････。突然周りを包んでいる力が消えたと思ったら、身体から精神がもぎ取られるような衝撃があって、そのまま何もわからなくなってしまったのです。ルヴァ様、意識を失う直前に目の前に現れたのは、深く果ての無い虚無の世界でした。一瞬だけでしたが魂が凍りつくかと思われるほどに、恐ろしい世界でした････」
「リュミエール」
ルヴァはリュミエールを抱き締める。
「あなたを失わずにすんで本当に良かった････。あなたをそんな恐ろしい世界に持っていかれなくって良かった」
「ルヴァ様････」
ルヴァの腕の中で、ルヴァに身体を預けてリュミエールは静かに涙を流した。
日差しが少しづつ傾いてゆく。
花の咲き乱れる庭を眺めながら、二人は午後のお茶をテラスで楽しんだ。
爽やかな風がリュミエールの水色の髪を揺らして吹き過ぎていった。
気持ち良さそうに微笑むリュミエールを見て、ルヴァは嬉しかった。
「ルヴァ様････」
微笑みながらリュミエールがささやいた。
「今夜は泊まっていってくださるんですね？」
「えぇ、ジュリアスにも言われましたし、あなたの身体はまだ回復しきっていませんからね」
「嬉しいです、ルヴァ様」
「リュミエール、私はあなたの看病をするために泊まるんですからね」
「はい、わかっております、ルヴァ様」
二人とも嬉しそうに微笑み合った。
夕食の後の時間を、ふたりはたわいもないことを話して笑いながら過ごした。
平和で穏やかな夜が更けてゆく････
「リュミエール･･･そろそろ休んだ方がいいのではありませんか。身体もまだ本調子というわけではないのですし」
「そうですね････。ルヴァ様はどうなさいます？」
「私はあなたが眠るまで傍についていますよ。それから、夜中に何かあるといけませんからね、客間ではなくあなたの寝室のソファで休みます。えぇ、もう毛布も用意してもらってますしね」
そうして、ルヴァはリュミエールを支えて寝室へ移動し、ベッドに横にならせた。
「お休みなさい」
かがみこんで額にお休みのキスをする。
リュミエールの両手がルヴァの首に回された。
そのままルヴァを引き寄せてキスをねだる。
勝手の違うポジションにとまどいながら、ルヴァはそっとリュミエールに口付ける。
身体を起こそうとすると、リュミエールの腕に力が入った。
引き寄せて深く深く口付けを････。
自分が生きていることを確かめるかのように、リュミエールはルヴァを離さなかった。
回復しきっていない身体はすぐに眠りに落ちたが、それでもしっかりとルヴァを抱き締め続けていた。
「仕方がありませんね････」
どうしてもリュミエールの腕をふりほどくことが出来ないと知ると、ルヴァはあきらめたようにつぶやいて苦労してリュミエールの横にすべりこんだ。
抱き締められたまま、リュミエールの体温を感じて、リュミエールの鼓動を聞いて、ルヴァは幸せな思いに浸る。
あなたが帰ってきてくれて嬉しいですよ････
そっとリュミエールの胸にもたれて、ルヴァはいつの間にか夢路をたどっていた。
何日かぶりに訪れた安らかな眠りだった。
お約束ネタの一つ、記憶喪失モノなんかも書いてみたいなぁ〜などと考えておりましたらこんなものが出来ました（笑）
いっぱい削ぎ落としてもこんな状態です。なにか無理矢理終わらせた〜っという感じがします。
そして、かなり無理矢理「水×地」です（＾＾ゞ
えーと、一応守護聖全員出ておりますがおわかりでしょうか？（爆）
