穏やかなひととき 　２００１．８．１６


データの検討が終わって王立研究院を辞去する。
外は夏の日差しが煌いていた。
室内でずっと下を向いて報告書やら資料やらを見ていた身にはいささかまぶし過ぎて、思わず傍の壁に手を付いた。
目の奥に光が白く輝いている。

「どうした、ルヴァ。大丈夫か？」背後から声が掛かる。よく響く威厳のある声が、心配そうな色を帯びている。

「あぁ、ジュリアス、えぇ､大丈夫ですよ。ちょっとこうしていればすぐ収まりますから」

「そうか。それならいいのだが」

そう言いながら、ルヴァはしばらく身動きできないでいた。

「少し休んだ方がよさそうだな。歩けるか」

そっと添えられる腕。

「えぇ････」

壁から手を離し歩を進めようとして、頭から血が引いていくのが感じられた。意識が一瞬ブラックアウトする。

「ルヴァ！」

慌ててジュリアスが支える。すでに膝からくず折れそうなルヴァ････

「大丈夫、大丈夫ですよ･･･」

「大丈夫という状態ではないぞ」

ジュリアスはルヴァを抱き上げる。
戻るかとも考えたが、研究院の仮眠室よりは、帰ってちゃんと休んだ方がいいだろうと考え直した。
抱いたまま車寄せまで来てみると、ルヴァの馬車が見当たらない。

　　（またゼフェルのエアバイクで送られてきたな。まったく困った師弟だ･･･）

ジュリアスはルヴァを抱いたまま自分の馬車に乗り込む。
「ルヴァの邸へ」と言おうとして、一瞬のためらいの後、自邸に帰るよう命じた。
来客の多いルヴァの私邸よりは、ゆっくり休ませてやれるだろうと判断したからだ。
ジュリアスの膝を枕に横たわるルヴァの意識はまだ朦朧としている。



ゆっくりと意識が戻ってきて、ルヴァは目を開けた。
自室とは異なる天井の作りに、一瞬ここはどこだろうと考える。見覚えはあるのだが。

「ルヴァ、気が付いたか」気遣うような声がした。

「ジュリアス････」

声のした方に顔を向けながら、あぁ、ここはジュリアスの寝室だと思い出した。

「ジュリアス、私は････」

「貧血で倒れたのだ。そなたの邸よりここの方が静かに休めると思ってここへ連れてきたのだが」

「そうでしたか。ありがとうございます、ジュリアス。迷惑を懸けましたね」

「迷惑などではないが･･･ルヴァ、そなた寝ておらぬな」

あははは･･･とルヴァが苦笑する。

「調べものがね、面白くってつい････」

「その様子では一晩や二晩ではあるまい。まったく無茶をする。
そなたのお陰で厄介な問題が早く片付いたことは有り難いが、そなたが倒れては何にもならぬ」
　
「はは････」

曖昧に微笑むルヴァを、ジュリアスはそっと抱き締めた。

「頼むから体調には気を付けてくれ。そなたはそれほど頑丈というわけではないのだから」

「ジュリアス･･･」

　　　（あなたも執務のことになると、自分のことは棚上げにすることが多いんですけどねぇ･･･）



「さて、まだ今日の執務は残っているからな。私は聖殿に戻る」

「あぁ、じゃあ私もご一緒しますよ」

「いや、そなたはもう少し休んだ方がいい」

「でも････」

起き上がろうとした途端また目眩がして、ルヴァの頭は再び枕に沈み込む。

「そなたの働きでもう問題点は解決しているから、後の事務処理は私でも出来る」

「すみません･･･お願いします････」

「あぁ、一つだけ、実際に現地に行って処理をするのは誰が適任か、意見を聞かせてくれるか」

「････そうですね、やはりオスカーでしょうか」

「そうだな、私も同感だ」

ジュリアスはにっこり笑うと、身をかがめてささやいた。

「帰って来たら一緒に夕食を取ろう。それまではゆっくり休め」

「えぇ、ジュリアス･･･」

「では、行ってくる」

軽い口付けを落として、ジュリアスは部屋から出ていった。

「行ってらっしゃい････」

微かに頬を染めて、ルヴァは小さくつぶやいた。

大きく息を吐いて、ルヴァは全身の力を抜いた。
最近はジュリアスがルヴァの邸に来ることの方が多かったので、この寝室も久し振りだ。
ジュリアスの残り香に包まれて、ルヴァは心地良い眠りについた。



目覚めると、目の前にジュリアスの顔があった。

「ルヴァ、目が覚めたか」

「ジュリアス･･･起こしてくだされば良かったのに･･･」

「いや、私も今帰ってきたところだ。覗き込んだらちょうどそなたが目を覚ました」

「そうですか･･･」

「どうだ、具合は」

「えぇ、もう大丈夫です」

ルヴァはよっこらしょと身を起こした。もう目眩はしない。
向けられた笑顔に、ジュリアスの顔も綻んだ。

「食事の前にお茶にするか」

「あ〜、それはいいですね〜」


シャワーでざっと汗を流し、用意された軽装をまとう。
テラスから外を眺めると、さらさらとした肌に夕暮れの風が気持ちいい。
いつの間にか傍に来ていたジュリアスが、後ろからそっと肩を抱いた。

「ルヴァ･･･難しい事態だったがどうやら解決までたどり着いた。ご苦労だったな」

「ジュリアス････」

「片付くまでは、そなたとゆっくり逢うことも出来なくて･･･寂しかったぞ」

耳元でささやかれて、ルヴァの鼓動が早くなる。頬が熱い････。

「ルヴァ、今夜はこのまま泊まっていってくれるな？」

「えぇ、ジュリアス･･･」

昼間とは違う目眩がルヴァを襲う。



お茶を飲み、軽い雑談をしているうちに、夕暮れの気配は消え、すっかり夜のたたずまいとなった。

夕食はルヴァの体調を考えてのことか、あっさりと口当たりのいいものが並んでいた。
もちろん、栄養のバランスがしっかり取れていることはいうまでもない。
二人は食事を楽しみ、たわいもない会話を楽しんだ。
ふと、ジュリアスが言った。

「それにしても、ルヴァ･･･。今回のそなたはいつになく事を急いでいたな。あんなに無理を重ねて･･･。見ていて気が気ではなかったぞ」

「あ〜、そうですね。そうかもしれません」困ったようにルヴァは微笑んだ。

「何か、理由があるのか？」

「いぇ･･･ただ、今日までになんとかして終わらせてしまいたかったんですよ」

「今日までに？」

「えぇ･･･」恥らうように頬が染まる。

「今日まで、というより、明日まで引っ張りたくなかったという方が正しいかもしれませんが」

「明日････？　明日何かあったか？」

言った途端、ジュリアスは明日が自分の誕生日であることに気が付いた。

「ルヴァ･･･そなた、ひょっとして、私の誕生日を･･･」

ルヴァは答えなかったが、その微笑がそうだと告げていた。




夜が更ける。
二人はソファに寄り添って座っている。
少しだけアルコールが入った二人の会話は、次第に恋人同士の甘い語らいに変わっていく。
すでに日付は新しいものに変わっていた。

不意にルヴァが「あ！」と言った。

「どうした、ルヴァ」

「あ、あの･･･事態を解決することばかり考えていて、あの･･･あなたへのプレゼントを用意することを忘れていました」

どうしましょう〜〜と半泣きでおろおろするルヴァを、ジュリアスはそっと抱き締めた。

「泣くな、ルヴァ。プレゼントはすでに貰っている。気にするな」

「え？」

「『難しい事態が解決してのんびり出来る誕生日』を実現してくれたのはそなたであろう」

「あ、あぁ･･･そうですね･･･」

「それに、今夜そなたと過ごせるというおまけも付いた」

ジュリアスはにっこりと笑うと、ルヴァを強く抱き締めた。

「私は大変満足だ。ルヴァ･･･感謝する」

「ジュリアス･･･」

見詰め合って、微笑み合って、口付けを交わす。
ついばむような口付けが、次第に深い情熱的なものに変わっていく。

「ジュ･･リア･･･ス･･･」

「ルヴァ･･･寝室へ行くか」

ジュリアスは立ち上がると、そのままルヴァを抱き上げた。

「これも、私への誕生日プレゼントと思ってよいな？」

「ジュリアス･･･」

ルヴァは真っ赤に頬を染めている。
どれだけ経っても初々しい恋人の様子を、ジュリアスは好ましく眺めた。
抱きかかえたまま寝室へと向かう。
腕の中のルヴァが、伸び上がってそっとささやいた。

「Happy birthday,Julious･･･」


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ＨＡＰＰＹ　ＥＮＤ


あはは・・・・なんでしょうね、これは。なんの意味もなくただいちゃいちゃしているだけ、なのではないでしょうか(笑)。二人だけの世界、でございました(爆)。
獅子座Ｏ型のジュリアス様は、リューと初期相性９４。「１」や「デュエット」などではやたらと貢いで下さるありがたい方でした。そのわりに邪険にすることが多くて、すみません（＾＾；
お誕生日おめでとうございます。