謹呈：トーコ様　８０００Ｈit記念
Ｈoliday 　2001.8.30


梢越しに見える空は澄んで青い。
今日もいい天気だ。

　　（もっとも、聖地は基本的にいつだっていいお天気だけどさ）

夢の守護聖は「ん〜っ」と深呼吸する。
森の空気は爽やかだった。

　　（たまにはのんびりと散歩もいいわよね〜）

ルヴァは、今日は何か調べるために森へ来ているらしい。
さっき、ルヴァの邸を訪ねたら、顔なじみの執事がそう教えてくれた。
じゃあ自分も森へ行ってみよう、休日をルヴァと森で過ごそう、オリヴィエはそう思った。
そうして、今、オリヴィエは森の中を歩いている。

だが、一口に森と言ってもかなり広い。
ただやみくもに歩いていて巡り会える可能性は高くない。
　　　
　　（でもね･･･）

と、オリヴィエは考える。

　　（ルヴァとアタシに縁があるなら、どこかでばったり出会うってこともあるかも）　

そんな楽天的な考え方が容易に出来るほど、気持ちのいい朝だった。
もし出会えなくても、ただ散歩するだけで終わっても惜しくないとも思えるほどだ。

　　（でも、やっぱりうまく会えるといいんだけどなぁ〜）

枝の先でさえずる小鳥にウィンクして、また歩き出す。
小鳥の鳴き声、風に鳴る葉擦れの音、森の中は平和だった。



突然静寂を破って慌てた声が聞こえてきた。

「あ、あぁぁ〜〜････！」

続いて何か大きなモノが水に落ちる音･･･

　　（ルヴァの声！）

気が付くと同時にオリヴィエは声のした方に走り出していた。

　　（あれは･･･湖の方？）

たどりついてみると、湖の中にルヴァがいた。
倒れ込んだのを身を起こしたのだろう。
頭の天辺までずぶ濡れになったルヴァは尻餅を付いた形で座り込んでいた。
水深は膝くらいか。胸から上がなんとか水の上に出ている。

　　（何やってんだか･･･）

「ほら、ルヴァ、つかまって」　ルヴァに向かって右手を差し出す。

「あ、あぁ、オリヴィエ･･･。すみません･･･」

ルヴァがオリヴィエの手につかまって立ち上がろうとする。
途端に、水を吸って重くなったターバンがずるりと落ちかけた。
「あ」と言ってそちらを向くルヴァに、ガクッと重心がずれる。
引きずり込まれて共倒れに水に落ちそうになるのをぐっとこらえて、力任せにルヴァを引き起こす。
ターバンが水に落ちるのを目の端に見て、左手で胸元からスカーフを抜き取ると起き上がったルヴァの頭に被せてそのまま岸に引き上げた。
ためらわず水の中に踏み込んでターバンを拾い上げる。
ただでさえ持て余すほど長い布が水を吸った状態は、扱いにくいことこの上ない。
やっとのことで一まとめにし、水を絞りながら岸に戻ってくると、ルヴァはずぶ濡れのままオリヴィエを見ていた。
全身から水を滴らせてぼ〜っと突っ立ってる姿は、なんだか頼りなげでドキンとしたが、そんな場合ではない。

「ルヴァ！アンタ何やってんのよ。早く濡れたの脱いで身体拭かなきゃダメじゃない！」

声を掛けるとそれでスイッチが入ったように、ルヴァがギクシャクと動き出す。
固く絞ったターバンを張り出した木の枝に掛けてルヴァの傍に戻ったとき、ルヴァはまだもたもたと上着を脱ぎかけているところだった。
濡れた服は脱ぎにくい。ルヴァはかなり苦戦していた。

「あ〜もう･･･ほら、貸しなさい･･･」

オリヴィエはルヴァの上着を脱がせに掛かる。
上着を全部脱がせて、絞って、これも枝に掛けて干す。

「ルヴァ、荷物は？　タオルくらい持って来てるでしょ」

「あ･･。あそこに･･･」

少し向こうに大き目のバスケットが置いてあった。
タオルを取り出すついでに見ると、お定まりの本やノート類の他に、昼食も入っている。
ルヴァ一人のランチにしては量が多めのようだ。

「さ、こっち向いて」

言いながらタオルで顔を拭き、頭を拭く。
そのまま乾かしてと思ったがルヴァが気にするのでまたスカーフを掛けてやる。

「あ、あの･･･自分で拭きますから････」

「いいの。ちゃんと拭いたげるから大人しくしてなさい」

後ろに回って背中を拭こうとして、絶句した。

　　（ルヴァ･･･これって、反則････）

太陽の下で見る濡れた背中は、予想外に煽情的だった。
ルヴァの身体は、鍛えられているわけではないけれど、それなりに筋肉が付いて整っている。
ベッドの中では見慣れているはずの身体であるのに。
今、自分の前に無防備にさらされているその背中は･･･
普段、陽にあたることのない白い滑らかな背中が水に濡れて光っている様は････
情事の場ではないから余計に無意識の色香を放つその背中は････
オリヴィエは魅入られたように立ち尽くしていた。
身動き出来ない。目が離せない。
このまま抱き締めて押し倒してしまおうか･･･

「････オリヴィエ･･･？」

戸惑うような声に呪縛が解ける。
軽く首を振って、妄想を払う。
やや乱暴な手つきで背中を拭いて、羽織っていた薄手のマントを脱いで着せ掛けた。

「ほら、下も全部脱ぎなさい」

「え･･･でも････」

「濡れたもの身に付けてちゃ身体に悪いってことわかってるでしょ」

「それは･･･そうですけど････」

「それとも、脱がせて欲しいの？」

「オッ、オリヴィエッ･･･」

「ごちゃごちゃ言わずに、早く脱ぐっ！」

「は、はいっ！」

ルヴァは急いで衣類を全部脱いだ。オリヴィエはこれも全部絞って干した。
全裸にマント１枚を巻き付けただけのルヴァは、なんとも居心地悪そうに落ち着かないでいる。

「なにもじもじしてるのよ。こんないいお天気だもの、すぐ乾くって」

「そうじゃなくて････オリヴィエ････」

「何？」

「あなたのこのマント、肌触りはとってもいいんですけど、なんだか透けてません？」

「大丈夫だって。こんな森の奥までくるヤツなんていやしないから･･･」

オリヴィエはにっこりと笑う。
ルヴァは見事に真っ赤に染まった。



陽だまりの草の上に腰を下ろして、お茶を飲む。
柔らかな風が吹き過ぎて、スカーフの下の蒼緑の髪を乾かしていく。
温かな陽の光を浴びて身体が温まっていくのに合わせて心が平静を取り戻していく。

「オリヴィエ、どうしてここへ？」

「アンタに逢いにだよ」　ウィンクを一つ。

「でも、私がここにいるなんて、誰にも知らせてないのに･･･」

「ん〜、なんでかな。やっぱりアンタとアタシは巡り逢う運命なんじゃない？」

さらっと言ってのけるオリヴィエにルヴァが頬を染める。

「そう言えば、何か調べるために来てるって？」

「えぇ、この間通りかかったときに水棲昆虫の珍しい種を見つけましてね。
改めてちゃんと確認したいと思っていたんですけれど、やっと今日時間がとれたので････。
よく見るとそれ一つだけじゃなく、興味深いものがいろいろいるんですよ。
夢中で観察していたらバランスを崩してしまって･･･」

恥ずかしそうに話していたルヴァは突然「あ！」と声を上げた。

「何？　どしたの、ルヴァ？」

「水に落ちるとき、持っていた本を後ろに投げたのを思い出しました。
貴重な図鑑なので濡らしたくなかったんですよ。
あの本はどうなったでしょうか」

「ん〜、本ねぇ･･。あったかなぁ。探してきてあげるから、アンタはそこで身体乾かしてなさい」

焦るルヴァを抑えてオリヴィエは立ち上がる。
ルヴァが水に落ちていた辺りの岸を探すと、かなり離れたところに分厚い図鑑が落ちていた。
持ち上げてみるとずしりと重い。

　　（倒れながら、これをここまで投げたわけね･･･）

普段は運動神経の存在すら危ぶまれるルヴァである。
さすが本のこととなると普段からは考えられない俊敏さを見せるわね〜とオリヴィエは感心した。

「あったわよ、これでしょ」

「あぁ、えぇ、これです。ありがとうございます、オリヴィエ」

「こんな重いもの投げるから、落ちるのに勢いが付いたんでしょうに」

ホントにアンタって人は･･･とオリヴィエが空いた手でルヴァの頭を突付く。
大事そうに本を抱えたまま、ルヴァが「あははは･･･」と笑った。




並んで腰を下ろして、黙ってただ太陽の光と風の流れを感じている。
何も言わなくても、二人とも満ち足りていた。




オリヴィエが静かにルヴァの頭を引き寄せる。
コトンとルヴァがオリヴィエの肩に頭をもたれさせる。
長い指が、優しくルヴァの頭を撫でる。
柔らかな髪はまだほんのりと湿っている。
スカーフはとうに外してしまった。
剥き出しの髪が風になぶられて、ルヴァを落ち着かなくさせる。


愛しそうにルヴァを見たオリヴィエの視線が、ルヴァのうなじに吸い付けられた。
すんなりとしたうなじが、それに続く背の存在を感じさせる。
さっき見た背中が目に浮かぶ。
マントからほのかに透けて見える背中がオリヴィエを誘う。

「ルヴァ･･･」 後ろから抱き締め、うなじに口付ける。

「･･あ････」 ルヴァの口から吐息が漏れる。

マントを引き下ろし、唇が背中に下りていく。
下に向かって背筋を辿った唇が再び這い上がってきて、耳朶を噛み、耳元で「ルヴァ･･･」とささやいた。
「･･あ･･はぁっ････」ルヴァが切なそうに身をよじる。
ルヴァの身体を反転させ、深く口付ける。
思う様ルヴァの口を蹂躙した唇が喉を伝う。

「･･オ、オリ･･ヴィエ･･･、ダメです。こんなところで･･･」

「大丈夫。さっきも言ったでしょ。こんな森の奥、誰も来ないって」

「･･･でっ･･･でもっ･･･」

「･･･いいから。もう、何も言わないで･･･」

そのまま横たわらせ、身体を包むマントを開く。
裸身が外気に触れて、ルヴァが「あ･･･」と身じろぎする。
オリヴィエの手を押しとどめようとするはかない抵抗は意味をなさず、
次々と与えられる口付けと愛撫の熱さに、戸惑いも羞恥も消え去って、
ルヴァは、ただただ大きな快感のうねりに翻弄されるばかりだった。




心地良い風を感じて目が覚める。
気が付くとルヴァはオリヴィエの膝を枕に寝ていた。
オリヴィエのシルクのシャツが身体に掛けられていた。
そっと目を明けてオリヴィエを見る。
遠くを見詰めて物思いに耽っているオリヴィエは、痛々しいほどに傷付き易い青年の顔をしていた。
そんな内面を素直に表出した顔は、ルヴァでさえ数えるほどしか目にしたことはない。
ルヴァの視線に気が付いたオリヴィエがにっこりと微笑みかける。
いつもどおりの、享楽的でそのくせ気配りの出来る陽気なオリヴィエの顔だった。

「目が覚めた？ もう乾いたと思うから、服を着て･･･お弁当にしようか」

そう言われて、ルヴァは掛けられたシャツの下の自分が全裸であることを思い出した。
身を起こした状態でシャツを抱え込んで真っ赤になっているルヴァを見て、
クスリと笑ってオリヴィエはルヴァの衣類を取ってきた。
気持ち良く乾いてほんのりと温かいそれを、ルヴァは急いで身に付ける。
ターバンが無い。
まだ枝に掛かったままのターバンを取りに行こうとすると、
バスケットを運んできたオリヴィエに引き止められた。

「いいじゃない、アタシと二人きりなんだから････」

「でも･･･」

「いいでしょ」

抱き締められて熱い口付けが贈られる。

「ね････」

ルヴァはうっとりと頷いた。



日はまだ高い。
森の奥の湖はめったに人の訪れることはない。
幸せな幸せな恋人たちの休日だった。


　　　　　　【ＥＮＤ】


リクエストは「池か何かに落ちてずぶ濡れのルヴァ様と、ターバン外して服脱いで絞っているその背中にドキドキするオリヴィエ様」といった内容だったんですけど・・あははは・・・。
オリヴィエ様はいろんなところで、とっても便利に動いてくださって、それに甘えていたら、気分はすっかり保護者の境地で、なかなか恋愛モードになりませんでした(笑)。
トーコ様、こんなお話でよろしいですか？