ＥＳＣＡＰＥ　　　２００４．７．１５ 「ルヴァ様、こちらにいらっしゃいましたか…」 聖殿中を探し回り、長い階段を上り詰めてきたためか、微かに息を切らしながらリュミエールは声を掛けた。 ゆっくりと振り向いて、ルヴァはふわりと微笑む。 「…リュミエール…」 ささやくように自分の名を呼ぶルヴァの声に、リュミエールは嬉しそうな微笑みを浮かべて近寄ると、そのまま腕に抱き締めて口付ける。 「下ではパーティーが続いていますよ」 ルヴァを身体から引き離して１歩距離をとると、リュミエールが言った。 「主役が抜け出してはいけませんね」 リュミエールは真面目な顔を作って、とがめるように言う。 叱られた子供のような表情で、ルヴァは「すみません…」と応える。 見詰め合って、二人は同時に吹き出した。 笑いながらリュミエールが広げた腕の中に、やはり笑いながらルヴァは飛び込む。 抱き合って笑うと、相手の笑っているのが皮膚を隔てて伝わってきて、その振動で自分もまた可笑しくなってくる。 二人は抱き合いながらクスクスと笑い続けた。 「どうしてパーティーを抜け出したりなさったのです？」 ルヴァを抱き締めたまま、その耳元でリュミエールは優しくささやいた。 「パーティーといっても、すでに無礼講になっていました。私がいなくなっても皆さんそれぞれに楽しんでいらっしゃるでしょうから、いいじゃないですか」 「ルヴァ様…」 呆れたようなリュミエールの声に、ルヴァは顔を上げてリュミエールを見、クスリと笑った。 「怒らないでください、リュミエール。私だって最初っから抜け出そうなんて思っていたわけじゃないんですよ。ただ、皆さんに祝っていただいて、あぁ、誕生日なんだなぁ…って考えていたら、フッと思い出したことがあって、気が付いたら身体が勝手に動いていたんです」 「それで、ここへ…？」 リュミエールは周りを見回す。 ここは、聖殿の奥にある塔の上。 塔は他を圧して空高く聳え、そこに立てば、遮るものも無く無限に視界は開ける。 時に、クラヴィスがここで星見をすることもある場所だった。 「えぇ…」 ルヴァは、リュミエールの腕の中から離れると、静かに空を見上げた。 そういえば、さっき見つけたときも、ルヴァは既に暗くなっている空を見上げていた…とリュミエールは思い出した。 同じように振り仰げば、降るような星空がドームのように自分を取り巻いている。 「星を見にいらしたのですか」 静かに尋ねるリュミエールに、ルヴァは恥らうように「えぇ…」と応えた。 「うんと小さい頃は、子供は早く寝るものだって言って、遅くまで起きていることを許してもらえませんでした」 星空を見上げながら、ルヴァは話し始める。 「７つになった誕生日に、少し遅くまで起きていてもいいって許可をもらって…。それで、本を読んで夜更かしするのを隠れてしなくてすむようになったんですけど」 ルヴァは、頭を巡らして満天の星を見渡す。 「こうしてゆっくりと夜空を眺めることが出来るようになったのもそのときからでした。それまでは本の中でしか知らなかった星空を、初めて自分の目で見ることが出来たときの気持ちは…とても言葉には表しきれないものでした」 ルヴァは視線を地上に戻して、リュミエールを見た。 「あまりの美しさに圧倒されて、私はいつのまにか泣いていました。泣いている私を見た親たちは、私が夜の砂漠を怖がって泣いていると思ったようで…、しばらくは夜外へ出してもらえませんでした」 リュミエールは思わず笑顔となる。 小さい頃のルヴァは、どれほど可愛かったであろうか… 「そんなことがあったことも…さっきまですっかり忘れていたのですけれどね」 ルヴァは苦笑めいた微笑みを浮かべた。 「それで、星を見たいと思われたのですか」 「…えぇ」 「わたくしのことなど、気に掛けてもくださらないほど…一心にそれだけを考えていらしたのですね」 「あ…」 ルヴァは慌てて顔を上げた。 リュミエールの表情は、どこか拗ねたような寂しさを覗かせている。 愛しい、とルヴァは思った。 止めようもなく、リュミエールへの想いが溢れてくるのを、ルヴァは感じた。 「知らせなくっても、きっとあなたは私のいないことに気が付いて、私を探し出してくださると…信じていました…」 「無茶なことを仰らないでください」 困ったようにつぶやくリュミエールに、ルヴァは極上の笑みを向ける。 「でも…あなたはちゃんと見付けてくださいました」 「ルヴァ様…」 「リュミエール…」 幸せそうに二人は抱き締め合った。 「さて、そろそろ戻らないといけませんねぇ」 「そうですね。もうパーティーの終わる頃でしょうし、さすがに、最後の時に主役が姿を隠していらっしゃるわけにはいかないでしょうからね」 最後にもう一度、軽く口付けを交わして、二人は階段に向かった。 「聖殿中探して、ここが最後でした」 歩きながら、リュミエールが言う。 「ここにもいらっしゃらなかったら、どうしようかと思いました…」 「リュミエール…」 突然リュミエールは何を言い出したのだろうか…と、ルヴァは戸惑ったようにリュミエールを見る。 「ルヴァ様」 階段の降り口で足を止めて、リュミエールはルヴァに向かい合った。 「ルヴァ様が黙って姿を消してしまわれたので、わたくしは本当に心配しました。何か起こったのではないかと…気が気ではありませんでした」 「…はぁ…あの…すみません…」 「償いをしてください」 「え？」 「わたくしを死ぬほどハラハラさせた罰です…」 リュミエールは、つ、と顔を寄せて、ルヴァの耳元にささやいた。 「今夜は一晩中わたくしの傍にいてくださいね」 「リュミエール…」 リュミエールを見詰めるルヴァの頬が、ほんのりと赤く染まる。 「…はい…」と微かな声で答えて、そっとリュミエールを引き寄せると、掠めるように口付ける。 「…お約束の…印です…」 「ルヴァ様…」 びっくりしたようにルヴァを見詰めたリュミエールは、次の瞬間、嬉しそうな笑顔になった。 「ルヴァ様のお誕生日なのに…わたくしがプレゼントをいただいてしまいました…」 リュミエールの笑顔に、ルヴァも恥らうような微笑みを返す。 「さ、まいりましょうか…」 階段を下りかけて、リュミエールはルヴァに手を差し出す。 その手に、ルヴァはそっと手を重ねる。 ちらりと振り向いたルヴァの視界いっぱいに、美しい星空が広がっていた。 　　あなたがこの世に生を受けし日を寿ぎて、数多の星々の、空一面に輝けり… 　Ｅ　Ｎ　Ｄ

ずいぶん遅れてしまいましたが、ルヴァ様のお誕生日のお話です。 　　なんだか取りとめのないお話になってしまいました。 　　ラブラブなお二人のたわいもないやりとり、ということで…（＾＾；