罰ゲーム… ２００３．５．３１
華やかな封筒の中には、それに釣り合う様に、やはり華やかな便箋が収まっていた。 引き出すと、ふわりと甘い香りがこぼれる。 華麗で装飾的であるにもかかわらず読みやすい筆跡は、よく見慣れたオリヴィエのものだ。 （わざわざ手紙とは、めずらしいですね） 小首を傾げながら、リュミエールは帰り際にそっと渡された手紙を読み始める。 金の曜日の夜、食事を済ませれば特にこれといってやることもない、週末の始まりの時間だった。 …こんなときに彼の人と共に過ごすことが出来たら… それは、叶うはずもないリュミエールの夢だった。 リュミエールは、そっと首を振り、微かな苦笑を浮かべて手紙に意識を集中した。 「突然の手紙でびっくりした？」 と、その手紙は始まっていた。 「このあいだのリュミちゃんのお誕生日に、私、視察で聖地にいなかったからプレゼントをあげられなかったでしょ。 だからね、遅くなっちゃったけど、ステキなプレゼントをあげる。 後で届けるから、楽しみにしてて。 リュミちゃんの欲しがってるモノのはずだから、可愛がってね」 （私の欲しがっているもの…？） リュミエールは訝しそうに顔を上げた。 （可愛がってとありますが、何なのでしょう…） 考えても思い当たるものはない。 オリヴィエらしい冗談だろうか。 訳がわからないが、まぁ、届けばわかるだろう。 リュミエールは小さく笑って、ため息をついた。 日付が変わろうとしている。 もう寝てしまいましょうか…とリュミエールは立ち上がった。 そのとき、テラスに抜ける一枚ガラスの扉を、そっと叩く音がした。 （こんな夜更けに、誰が…） リュミエールはそっと扉に近寄った。 扉の外に立っているのは… 「ルヴァ様！」 慌てて扉を引き開ける。 「あ、あの…こんな夜更けにすみません、リュミエール…」 「いえ、それは構いませんが、とにかく中へどうぞ」 身体を開いてルヴァを中へ招じ入れる。 目の前を擦り抜けていった身体から、ふっと冷気が伝わる。 思わず触れたルヴァの腕はひんやりと冷たかった。 「ルヴァ様…いつからそこにいらっしゃいました」 「あ…あの…少し早く着いてしまったので、その辺りを歩いていたんです」 「…少し早く…？あの、今夜何かお約束をしていましたか」 「いいえ、あの…そういう指定だったので…」 「指定？ 話が見えませんが…」 戸惑いながら、ルヴァをソファに座らせ、熱いお茶を出す。 「すみません」と何度も謝るルヴァに「いいぇ」と返事をしながら、リュミエールは不思議そうにルヴァを見詰めた。 リュミエールが強い恋慕の情を抱きながら、打ち明けることができないでいる、愛しい人。 静かな夜のひとときを共に過ごすことが出来たら…と、密かに思っていた。 まさかルヴァの方から夜中に訪ねてきてくれるなどとは思いも寄らなかったのに。 午後のお茶の折にも、夕方、聖殿で別れたときにも、特に変わった様子は無かったが、それからルヴァに何かあったのだろうか…。 思う人が突然訪ねて来てくれた…この事態を、素直に喜んでもいいのだろうか…。 それにしても、ルヴァのこの姿は…。 「罰ゲームなんですよ…」 恥ずかしそうにルヴァが言った。 「罰ゲーム、ですか？」 「えぇ、夕餉の後にオリヴィエがやって来て…」 ルヴァはゆっくりと話し始めた。 夕食後にオリヴィエが訪れてきて、四方山話に興じるうちに、カードをし始めたこと。 今夜のオリヴィエは妙に調子がよくて、気が付けばオリヴィエの圧倒的な勝利だったこと。 オリヴィエが「罰ゲームだよ〜ん」とにっこり笑ったこと。 そこまで説明して、ルヴァはふっと口ごもった。 「ルヴァ様、オリヴィエの罰ゲームとは、あの…いつもの…」 オリヴィエの与える罰ゲームといえば、化粧を施しドレスアップして飾り立てると相場が決まっている。 「え、いえ…お化粧はなかったんですけど…」 うつむいたルヴァは、改めて自分の今の恰好に気が付いたようだった。 慌てて両腕で身体を抱え込み、少しでもその華やかな衣装を隠そうとする。 「あ、あのっ…これはオリヴィエが…すみません、こんな恰好で…」 「いえ、あの…良くお似合いです…」 「あ…」 ルヴァの頬がカァ〜ッと赤く染まってゆく。 「この恰好で、真夜中にあなたを訪ねるというのが、その…罰ゲームだと…」 「ルヴァ様…」 「すみません…ご迷惑だとは思ったのですが…」 「迷惑などと…来てくださって嬉しいです、ルヴァ様…」 「リュミエール…」 ルヴァが顔を上げてリュミエールを見る。 今にも泣きそうな表情だ、と、リュミエールは思った。 困りきった、すがるような眼差しが、庇護欲をそそる。 このまま抱き締めてしまいたい… ふと、さっきのオリヴィエの手紙を思い出した。 ――リュミちゃんの欲しがってるモノのはずだから、可愛がってね――― それでは、これがオリヴィエの言うプレゼントなのだ…。 オリヴィエが着せたという、ルヴァのこの衣装は、つまりはプレゼントがラッピングされてリボンが掛けられているというわけだ…。 「あ、あの、リュミエール…そんなに見ないでください。恥ずかしいです」 「ルヴァ様…」 「あ…あなたに…見られるのは…本当に恥ずかしいです…」 「わたくしに…？どうして…？」 「だって、私はあなたが…あっ…」 自分が言い掛けたことに気が付いて、ルヴァは「あっ」と両手で口を押さえた。 見事なほどに頬が染まってゆくのを、リュミエールは見詰めていた。 沈黙の時間が流れる。 「あ、あの…遅くにすみませんでした…。これで失礼しますから…」 あたふたと立ち上がるルヴァに、「ルヴァ様！」とリュミエールが引き止める。 「ルヴァ様、お願いです。もう少し…ここにいてくださいませんか」 「リュミエール…」 見詰め合う。 お互いに、相手の瞳の中に相手の気持ちを読み取ろうとでもいうように、 思いを込めて見詰め合う… 「お伝えしたいことがあるのです…」 リュミエールはルヴァに向かって手を差し伸べる。 しばらく逡巡していたルヴァが、おずおずとその手を取った… 「リュミエール、何を考えているんです」 「え、あぁ…すみません」 リュミエールの腕を枕にして眠っていたルヴァが、いつの間にか目を覚ましてリュミエールの顔を見上げていた。 軽く微笑んで、ルヴァを抱き寄せる。 「ちょっとね、思い出していたのです」 「え？」 「ルヴァ様が初めてターバンを取ってくださった夜のことを…」 「リュミエール…」 「ルヴァ様が突然訪ねてきてくださって、わたくしはとても驚きました…」 リュミエールは愛しさの溢れる眼差しでルヴァを見詰めて、クスッと笑った。 「ルヴァ様は…オリヴィエからの誕生日プレゼントでした」 「…オリヴィエも無茶をしますよね」 ルヴァはほんのりと苦笑を浮かべる。 「ステキなプレゼントでした」 リュミエールは、ルヴァの額に軽く口付けを落とす。 「綺麗にラッピングされていて…包みを解く間、ドキドキしました」 「リュミエール…」 ルヴァは頬を染めてリュミエールの胸に顔を埋める。 「…と…っていました」 顔を埋めたままでささやく声が、切れ切れに聞こえてくる。 「はい？」 抱き直し、耳を寄せてうながすと、恥ずかしそうな声が応えた。 「あの頃は…私の…片思いだと…思っていました…」 「ルヴァ様…」 嬉しそうな笑顔を浮かべて、リュミエールはルヴァを抱き締め、口付ける。 リュミエールの口付けにルヴァが応え、交わされる口付けは次第に深く激しくなってゆく。 愛しい人。 どれほど愛しても愛し足りない。 リュミエールの腕の中で、ルヴァが幸せそうな声を上げた… Ｅ Ｎ Ｄ |
先日、ふと耳にした「罰ゲーム」という言葉が妙に頭に残って、うろうろしたあげく、
このようなモノになりました。
例えばこんな始まり…というお話です。